alchemists

□徳田秋声の場合
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私には死ぬ勇気もありませんので。
そう言った司書さんは、その数日後に倒れた。

司書さんが倒れたとき、執務室は大騒ぎになった。かくいう自分も補修室から森先生を呼んだり館長に連絡を入れたりと、バタバタ走り回っていたのだが。
ついさきほどまで不通にしゃべっていたくせに、立ち上がるときにふらついたかと思えばそのまま床に倒れこんでしまったのだ。ぐったりとした様子を見て、一瞬死ぬのかと思ってしまったのはあまりにも不謹慎なので黙っておくが。
補修室の寝台の一つに寝かされた司書に下された診断は先ほどの二つ。こめかみをもむ森先生から冗談を言ってるとは思えず、むしろその診断を下さなければならない先生に同情すらしてしまう。

「司書に、きつく、言っておいてくれ」
「あぁ。起きたら必ず」

呆れたものだ、と大きくため息を吐く姿はだいぶ疲れているようだ。たしかに自己管理はちゃんとしろと口々に言っていたはずなのだがそれでは足りなかったらしい。この人や自分は特に口うるさく言っていたせいか、疲労感も重く感じてしまう。
茶を飲んでくる、と言った先生を見送り、寝台の傍に椅子に腰かけた。ぬいぐるみを膝に置き司書の様子を見守るが、司書の目が開く様子はない。

起きたら説教じゃすまないよ、司書さん。
冷や汗どころの話ではなかった。本当に、死んでしまうのかと。
死ぬときなんて、一瞬なんだよ。あっけなく、無慈悲に、平等に。

握りしめた手のひらは湿っていて、爪の跡がくっきりと浮かびあがっていた。
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