alchemists

□北原白秋の場合
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僕だって、君に愛されたいと願うことぐらいいいじゃないか。
それすらも僕は許してもらえないのかい?え、そういう問題じゃない?いやいやそういうも問題だと思うけれどね。
まさか、君、僕が君に好意を抱いていないとでも思っていたのかい。……ふぅん。まぁ、僕自身たいがいひねくれた性格だと自覚していたけれど、まさかこうも伝わっていなかったとは。
いや、しかたない。自業自得だろう。だけど君は今この話を聞いて僕が君に好意を抱いていることはもうわかったはずだ。そうだろう?

さぁ、考えておくれ。僕は君に愛されたいと願うが、僕は君に愛されるだけの価値を持っているのかな?

そう言って先生はふぅっと煙を吐き出した。煙はゆらゆらと登り天井近くまで上がったところで空気に溶けて消えていく。それを目で追いかけていると「惚けないでくれるかい」と声がかけられた。

「あぁ、いえ。惚けていたわけではないのですが…」
「では、どうしたのかな?僕の言葉は戯言にでも聞こえたのかい」
「いえ、そういうわけでもないです」

先生の言葉はひどく現実味のない言葉だと思ったのだ。この先生から愛だの恋だのといった言葉が出て来るとは思わなかったし、たとえ出てきたとしても、それは紙面上の、誰でもない誰かに向けられるものだと思っていたからである。間違っても自分のようなものに向けられるとは思いもしなかった。

先生はこちらを見ている。くゆる煙の向こうからじっとこちらの反応を待っている。薄紫の眼が、まるで一挙一動を見逃すまいとするかのように、じいっと見ている。

あぁ、この人にそんなことを言わせてしまうだなんて。
恍惚に歪みそうになる口元を誤魔化すために、いかにも煙草の煙が苦手だとでも見えるかのように、片手で口元を覆い隠す。

「そんなことをせずとも、君の眼は雄弁に語っているのだよ」

はぁ、と煙を吐きだした先生はそのまま煙草を灰皿に押し付け、火を消す。そしてようやく煙草から離れたその手は口元を覆う手に添えられた。

僕の願い、叶えてくれるだろう?
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