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□女の噺
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妾は美しかった。
艶の有る髪。亜米利加のお兄さんらから貰った鳳仙花の様に真ッ赤な爪紅を点け、脱ぎ易い、けれど地味では無い洋服を着こなす。
きゅっ、と紅を点けた唇で微笑めば誰だって妾に声をかける。
そんな、男が大嫌いだった。
やわくて、愚鈍な男が大ッ嫌いだった。

『女の噺』フユエの事

何時もの様に、BARで愚かな男共を品定めする。
チラリと目線を送れば皆、熱い視線を返してくる。
お前じゃない。
アンタでもない。
... ...貴方だ。

カウンターで一人酒を煽る男が一人。
強面で、なんとも頼りになりそうな、取り入れそうな男。
妾は、男の横に座り何時ものカクテルを頼む。
そうして、こんにちわ、と我ながら惚れ惚れする猫なで声で声をかけた。
男は、職業軍人の身で有り、今は仕事をせず預金で暮らしているらしい。
名前なんて、聞かなくても良い。必要の無い事なのだから。
妾は、未亡人だと偽り夫も貴方と同じ軍人だった、とほら吹きをした。
夫なんて居ない。昔から独り身だ。しかし、家族も居ない。
戦争で死んでしまった。疎開していた私だけ生き残ったのだ。
帰ったら家はなかった。焼け野原になり奉公するにも、そもそもやり方が解らない。妾は、身体を売るしか稼ぎ方を知らなかった。
しかし、顔だけは良かった妾には天職だったのだろう二タ月先の暮らしに困らない程度には金は貯まっていた。
それでも、何故男を漁るのか。
簡単な事だ。ただ、寂しいだけ。

男はあっさりと私を家へ上げた。
そうして、当たり前の様に接吻し、当たり前の様に衣服を脱ぎ捨てた。
相性が良かったのだろうか。
その男は今までの男とは違った。
妾の身体を貪る獣の様にも、小動物を勞る子供の様にも見えた。
妾はただ、身を任せ与えられる快楽を受動するだけの塊になった。

この人となら、この人と一緒に過ごせたならきっと、寂しさも忘れられる。
心に空いた隙間も、厭な男共に股を開く時の何とも云えぬ気怠さも、忘れられるかもしれない。
嗚呼、名前、聞いておかなきゃ。
荒い呼吸を整える間も無く、妾は「貴方名前は?」と問おうとした時、男の手が妾の首にかかっていた。

そうして、首の骨が折れる程の力を込め絞め擧げられた。
コイツは殺人鬼だった?どうして今?何故、私の首を、と混乱と、苦しみ、痛みを一点に受け無駄とも思える程の足掻きしか出来ず妾は、妾は。

もう何も見えない。ざりざりと畳を藻掻いた時爪が剥げたかもしれない。涙で化粧が崩れてるかもしれない。だから、あの人は最後に「醜い。」と言ったんだろう。
醜い。そう。醜い。妾は、妾の人生は醜かった。

某日、川辺で女の遺体が発見された。暑い日が続いていた為か、水に永く浸かっていた為か、遺体は酷く傷んでいた。
水の中に居り、ぶくぶくと肥大化した身体からは蛆がわらわらと湧いており、顔もすら判断出来ない状態であった。
だが、珍しい爪紅をしていた為、其処からの特定は早く、女は売春をしていた冬絵と云う女だった。
その女が良く居たBARの店員から情報を得て、最後に見かけた時共に居た男を特定した。名は秋枝。秋枝の部屋には冬絵の剥がれた紅い爪が落ちており、後は男を発見し拘束するだけだった。
しかし、秋枝は近隣の廃屋で首を吊って死んでいた。その発見と同じく、川から女の遺体がまた一人、打ち上がっていた。
メディアが挙って取り上げていたこの事件は犯人死亡で終止符を打たれ、それ以降表に出る事は無かった。

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