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□さようなら、行かせて下さい
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列車とバスを乗り継ぎ私は彼に別れを告げに行く。

『ユウゼンギク・アスクレピアス』

肌に刺さる直射日光を直に受けながら、履きなれないヒールで来るんじゃ無かった、と靴擦れを起こした踵を擦る。幾度も来た場所なのにその距離すら忘れてしまう程、私の中で彼の存在が薄れてしまったのだろうか。そう思うと悲しい様な悔しい様な気持ちに成りその思いを誤魔化す為に再び歩いた。そんな事は無い。私が彼を忘れる事なんて有り得ない。踵の傷が擦れる度に彼の顔を思い出そうとする。しかし、痛む度に彼の顔は陽炎の様に揺れ、背景に溶け消えた。自然と駆け足に成りヒールの踵が飛ぶ。私はバランスを崩し熱されたアスファルトに倒れ込んだ。汗だか涙だか解らない雫がアスファルトに吸い込まれていく。蝉の声が一斉に私を責める。このまま耳を塞いで焼け死んでも好かった。死んでしまいたかった。けれど、共犯者はそれを許さなかった。
「久しぶりだな。」
倒れた私を抱え起こし飛んだヒールの踵を持った男は昔と変わらず弱々しく微笑んでいた。
目的は同じだった。男の車の助手席に座り心と頭を落ち着かせる。エアコンがかかっており直射日光に貫かれた肌も熱で不焼けた脳も幾らか楽になった。シートベルトを締め、男は車を進める。
「まさか、こんな所で会うなんてな。何年ぶりだろう。」
「七年ぶりですよ。先生。」
もうそんなに経つんだなと、男は笑う。男は私と彼が通っていた高校の教師だった。フユキ先生は三年生の頃の担任であり、優しくも静かな熱意を持った善い人だった。
「先生、この角にお花屋さんが有るの。寄ってもいいかしら?」
「ああ、分かった。俺も何か選んで行こうかな。」
他愛も無い話をしがら二人で花を選んだ。別に花は何でも良かったけれど心が反映されたのか気がつけばユウゼンギクを選んでいた。先生は、アスクレピアスを持っていた。なんだか不格好ね、なんて笑いながら車へ戻った。そして、再び車を走らせる。
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