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□嘘を吐く
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『嘘を吐く』サイワの事

煙草は嫌いだ。
特に、煙たい臭いがあの日を思い出させる。
教師になって一年目を過ぎた頃だった。
その日は、最後の戸締りを任されており校内を見回りようやく帰れると荷物を鞄に詰めていた。
厭に、サイレンの音が多いとその時は大して気に止めていなかった。
街灯の乏しい灯りを頼りに帰路を歩いていると煙の臭いがした。
ああ、あのサイレンは火災のサイレンだったのかと、辺りを見渡す。
自分の行き先がぼんやりと明るくなっていた。

そこからはよく覚えていない。
断片的に、荷物を投げ出し駆けたのは覚えている。それで、多分燃え盛る家の中へ飛び込んだ。
ここからは、良く覚えている。
木造二階建ての実家の、二階の両親の寝室で見分けのつかぬ父、母、妹が黒焦げになりながら時折、唸って這っていた。
這う度に、焦げが捲れ鮮やかなピンク色が見えては、黒く焦げていった。
三つの黒い塊は、こちらに手を伸ばし唸っていた。
煙が視界を隠し、微かにお兄ちゃんと聞こえた。
そこから先は、また覚えていない。
目が覚めたら病院で、同僚のフユキが座っていた。

全く覚えていないのだが、話を聞くと消防隊員が燃え盛る家へ突っ込んだ自分を止めに駆けつけると、五つの黒い塊を抱え座り込んでいたらしい。
父と、母と母の千切れた腕と、妹と妹の下半身。
奇跡的に自分の怪我は軽傷であり、直ぐに退院出来ると言われていた。
だが、夜になると錯乱状態になり暴れていたそうだ。
入院している期間の記憶がスッポリと抜け落ちていた為、これもまた覚えていない事だった。

退院後は、数週間休みを貰った。
カウンセリングを受けてみたが、折が合わずに一回で辞めた。
代わりに、フユキと話す時が一番心が楽になった。アイツは、毎日学校終りに様子を見に来てくれた。気がつけばアイツは自分にとって、唯一の支えになっていた。
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