企画

□悪人
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恋人の兄に、一緒に旅行に行こうと誘ったのは僕のの方だった。

義兄へ対する労いの意もあったけれど、僕は有岡大貴というその人物自体をなんとなく好きだったし、恋人の兄というそれ以前に親しくなりたかったのだと思う。

だからこそ、その旅行先で彼と関係を持つことを拒みもせずに、それどころか何度も同じ宿へ足を運んでいる。


大貴と会う為だけに恋人とは別れていなかったけれど、実は僕は2年前の冬に浮気をしたし、それを恋人は知らないけれど、大貴は知っているのだ。


「それってすごく変だよね、」

僕がそう呟くと、大貴は小さく笑って気にすんなよ、と答えをよこした。


大貴と知り合ったのは去年の春だ。
僕と大貴の出会いにはなんの他意もなくて、付き合っている女の子が紹介したいと言った兄がたまたま大貴で、たまたまお互いに惹かれあっただけだった。

大貴はその時のことを鮮明に覚えているらしい。
彼女が指し示した方を向いたら僕がいて、ちょっと不安そうな目でこっちを見つめていた、と彼は言うのだ。

残念ながら僕はその日の事はあまり覚えていない。
不安に思っていたとすればそれは、知らないとはいえ少し前まで浮気をしていた男に自分の兄を紹介する、能天気な彼女の将来だ。


1回目の旅行で、酔った大貴に頭を撫でられた。
2回目の旅行で、酔った大貴にキスされた。

それでも僕らは旅行をやめず、3回目の旅行では素面の大貴とキスをし、その後は肉欲に溺れた。







行為後すぐにお酒を飲むと酷く酔ってしまうので、布団を整えて僕は水を飲んだ。

僕より一足遅くシャワーを浴びた大貴ががしがし髪を拭きながら風呂場から帰ってきて、「俺にも一口ちょーだい。」と隣に腰をおろした。


「水だよ?」
「良いよ、なんでも。関節チュー。」
「…ばかじゃないの、子供じゃないんだから。」
「じゃあなに、子供じゃないキスしてくれるの?」


ごくごく水を飲む大貴はいかにも“普通の人”で、ありがとうとにっこり笑う様はどちらかと言えば優しい人のそれだ。実際は違う。彼は妹の恋人に手を出す悪い人だ。

次に僕はぐるりと後ろを向いて、山に面した大きな窓を見つめた。日の落ちた外を映す窓に、子供みたいな僕の影がぼんやり浮かび上がる。
もちろん僕も普通の人然としてそこに居た。本当は恋人の兄に手を出す悪い人なのに。



「…いいよ。」

僕は大貴が羽織っている浴衣の襟を引き寄せてぐっと近づいた。いつも大貴はここから先を待とうとはせずに、ここまできたら僕の頭に手を回して自分からキスを深くしていく。それは今日も同じだった。

熱い大貴の舌が、同じように熱い僕の口内を荒らしまわって、唇が離れた時、僕は思わずはあ、と満ち足りた息を漏らしてしまった。



「ねえ、大貴?」
「ん?」
「僕たちが別れたら、大貴どうする?」
「なにお前ら、そんな事になってんの?」


大貴はくすくす笑った。
僕たち、とはつまり僕と彼女___要するに大貴の妹___のことで、大貴はしっかりそれを汲み取ったようだ。


「んーん、なってない。」


ただの例え話だよ、うん。

軽い調子で続けると、大貴も軽い調子でふぅん、と流して「でも、まあ。」と首を傾げた。


「そしたら晴れて俺とお前が堂々とくっつけますって事で、それはそれでよくない?」


大貴は悪い人だ。

大貴と会えなくなるのが嫌で、どうしても彼女と別れられない僕を知りながらそんなことを言うのだから。

でも、


「まあそうなのかもね、」


大貴のそんな一言で簡単に心が変わってしまう僕は、きっともっと悪い人なのかもしれない。


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