「長官は…君に何かを言っていたかい?」 クロスがいるのだという部屋。 そこに向かって歩きながら、先頭を歩くコムイが躊躇いがちにシルクの方を向いて、そう問い掛けてきた。 シルクは少しの間逡巡した後、ルベリエに言われた言葉の一つを口にした。 「…君はもう、戦禍の渦中にいるんだって」 シルクの告げたその言葉に。 僅かに顔を歪ませ、唇を噛み締めるコムイ。 …神の使徒なる力を与えられたが故に、エクソシスト達がその身に背負う十字は重く。 彼らが望まなくても。 それは彼らが背負える許容を遥かに超え、幸せを埋没させる枷となってしまうのだ。 ── 人を救うべき力であって自らを傷付けることにもなりうる力とは…なんと皮肉な事だろうね。 「立場を同じに見ることは少し傲慢かもしれない。…だけどシルク、」 「?」 ── どうか、どうかこれだけは分かってほしい。 「僕達だって君たちエクソシストと同じ、戦争の渦中にいるよ。…でも、それは君たちを傷付ける為じゃない。共にこの世界を── 平和に導く為に存在しているんだ」 それは自分自身にも言い聞かせるように。 道を踏み外さないように。 リナリーやシルク、ラビや神田、そしてアレンといった彼等エクソシスト達を外の世界から少しでも守るために室長になったのだ、と。 シルクが先程ルベリエらにされた事を思えば、到底信じてもらえないような話ではあるけれど… 「…分かってるよ」 「── え?」 「だってコムイさんは護ってくれた。 最初にクロスと離れて初めて教団に来た時、さっきの人たちが来るまでここで護ってくれようとした。そうなんでしょ?」 ── あの時はクロスの事を悪く言うからやだと、そう思ったけれど… 今ならそれが、クロスが危険な任務をしている間に教団に押しかけようとしていた、先ほどのような人達から護る為だったんだと分かるから。 それを前回クロスによって迎えに来られた時に理解したから。 「…気が付いてたのか」 嬉しそうにリナリーの隣から笑みを覗かせるシルク。 ── やっと、やっと笑った顔を見る事が出来た。 「シルク」 不意に名を呼んだのはそのコムイの妹であり、シルクの隣を歩くリナリーだった。 「ここではね。帰ってきた人達はみんな、“ただいま”って言うの」 「…ただいま?」 「おかえりなさい」 その言葉の意味が分かったのか、リナリーの後に続いて次々と同じ言葉をかけるアレンやラビ。 神田に至っては仏頂面のままではあったが、それでもちゃんと皆と同じその言葉をかけてくれて。 「おかえり、シルク」 誰も信じられないのだと。 嘆いて人を嫌がってた過去の自分にも、今なら笑ってただいまと向き合える気がした。 |