D.Gray−man2

□読めない千年公
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予想していた勝負はしかし、とある人物の帰還によりあっけなくその幕を下ろした。


「これはこれハ。ずいぶんと早いお出迎えですネェ…。クロス・マリアン」


クロスのしつこいホーミングを真っ向から喰らい、よろめくティキを援護したのは千年公だ。


「まさかこうも早い登場とハ!!それほどまでに大切にしてる相手ということですかネェ、シルクの事ハ」

「相変わらずパンパンな上に、人の所有物(もの)に手ェ出してんじゃねぇよ!このデブ!!!」

「…本気ですカ?」


千年公の問いかけに答えることなく、黙って銃を発砲するクロス。

そのクロスの目に含まれる僅かな怒気を感じ取ると──

千年公の口端は大きくつり上がった。


「残念ですネェ!クロス・マリアン!!!この子は我々のシナリオにとって欠かせない人物の一人なんですヨッ!」

「来い!!シルク」

「 ! 」


クロスの言葉に反射的に駆け出したシルク。

シルクは伯爵が慌てて伸ばした手をギリギリのところで避けると、クロスの元に真っ直ぐ走った。

駆け出してきた華奢なその体を受け止め、素早く自身の後ろに隠すクロス。


「どこまでも計画の邪魔をしてくるんですネェ…マッ。いいでしょウ」


あっさりとシルクを諦める千年公に、クロスの方が訝しげに眉を顰めた。


「…何考えてやがる」

「ここでシルクを取り逃がしたところで、我々にハ何ら支障ガないということですヨ!」


クロスに答えながら双子の回収も済ませた千年公はバッと手に持つ傘を開くと、構えた。

そして──


ドンッ!!


「…チッ!」


クロスの撃った銃弾が当たる前に、その姿は跡形もなく消え去ってしまったのだった。


「クロス…」


舌打ちをするクロスに、背後にいるシルクが遠慮がちに名前を呼んできて。


「何だ?」


ありがとうと呟くシルクを見て、けれどもシルクが今言いたい事はそれだけじゃないと気付いたクロスが黙ってその先を促してやると、


「ハ、ル…は?」

「あ?」

「クロスが作った……改造アクマ」


ようやくシルクの言いたい事が分かったクロスは、けれどもあまり言いたくないというように頭を掻いた。


「…あいつか。あいつならオレにお前が拐われたって伝えに来た後、な。…逝った」

「!!」


それを聞いた瞬間、立っていることが出来なくてしゃがみこもうとするシルクの体を、クロスは片腕で支えた。


「そん、な……っ。やだよっ…そんなの、だってそんなのって……!!」

「遅かれ早かれ、あいつが逝くのは時間の問題だった」

「…そんなこと、!!」


クロスの腕の中で小刻みに震えるシルクの細い肩。


「…だってせっかくハルっ、息抜きにも誘ってくれたのに!!」

「息抜き?…そうか」


── きっとそれはあいつが限界だったからだな。


「オレの作る改造アクマはな、」


クロスは加減するのさえ難しいほどに細いシルクのその肩を抱くと、目線を合わせて屈んだ。


「殺人衝動を押さえきれなくなったら自爆をするよう、あいつらには自動的にセットしてあんだよ」


まだ理解の追い付かないシルクを優しく抱き上げて。


「息抜きに誘ったのは、あいつがその衝動を押さえきれないと悟った後、最後にしたかった事だろうな」


── 名を教えたと言うことは…息抜きに誘ったということは。
ハルがアクマの姿から体を転換して人の姿になったという事で。

“彼ら”がそれをするのは、逝く前に自分達の本来の姿を相手に知ってもらいたいという感情から。
最後にせめて、本来の自分の姿を相手に映してから消えたいという想いから。

だからシルクの前であいつが自爆しなかったのは恐らく…


「まさかあいつらがそんな意識を抱くまでになるとは、な」


改造アクマながらに生まれた感情。

殺人衝動を抑えてまでシルクを連れ出し、連れ去られたシルクを助けに行ってほしいと、息も絶え絶えにクロスの元に訴えにやって来た改造アクマ。


『やられた……ッ!!!あいつが、シルクが連れて行かれた!!』


限界だろう体に鞭を打ち、必死で理性を保ちながら。
赤く歪んだ瞳を抑え、辛うじて“形”を留めている状態でクロスの元にシルクを助けてやってくれと懇願し、そしてそのまま消えて行った改造アクマ。


「心を許したのか」


ハル、ハルと連呼して泣きじゃくるシルクを抱いたまま。

今だけはそっとしてやろうと、クロスは優しくその髪にキスを落としてやったのだった。


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