クロスと最初に出会ったのは、シルクがノアに襲われていた時で。 それからたった二週間しか経っていないのだとしても、シルクの中でクロスの占める割合はとてつもなく大きくなっていた。だから、 「シルク…? 大丈夫?」 クロスと別れ、教団にきてからの一週間。 シルクは与えられた自室にただひたすら閉じこもり、流れていく月日をただ過ごすだけの毎日を繰り返していた。 コムイの妹であるリナリー・リーはそんなシルクを心配し、シルクから何の返答が返ってこないと知りつつも… 毎朝欠かさずドア越しからシルクに話しかけ、声をかけ続けてくれていた。 そしてこの日、 「……な、んでっ…」 「シルク?!!」 一週間目にしてようやくシルクからの返事が返ってきたことに気付いたリナリーは、ハッとして部屋の外で耳をそばだてた。 くぐもったように響くその声は悲痛に歪んでいて。 「なんで…なんで伯爵になんて狙われなきゃいけないの…!!何で……っ…!!」 こんなところにいなくちゃいけないのと続けようとして、けれども分かり切っているその答えにシルクは唇を噛み締めた。 結局ここから出たらまたやってくる伯爵や、ノアからの襲撃を恐れ、動けないでいるのは他でもない…シルク自身であるのだ。 クロスという存在を失い、ただここにいることしか出来ないでいるのは── 他でもない、自分自身だというのに。 「お願いシルク!!ここを開けて!!」 何かを察したらしいリナリーが戸を叩く音にも、シルクはもう返事をしなかった。 そのままただ時が過ぎるのを待って、 代わり映えもなく一日が終わるのを眺めて。 気付けばリナリーの気配が消えてから半日が過ぎようとしている中、新たにドアの前に感じた気配にだけシルクは反応を示した。 「開けろ」 「…………」 「十数える間に開けなかったらどうなるかわかってんだろうな?」 「?!!」 聞き覚えのあるセリフとカウントダウンを始めたその声に、シルクは驚いたように目を見開いた。 「クロ…ス」 だが、今更なんだと言うのか。 裏切っておいて。期待させておいて。 「5」 気づけば外の声はもう半分もカウントを刻んでいて。 ── 会いたくなんてない。顔なんて見たくない…っ!!! 「4」 徐々に減っていくそれに本能的に後ずさる体。 ── 大丈夫。鍵だってちゃんとかかってる。 「3」 真っ暗な中で響く声に体が震えた。 もし、このまま。開けないでいたら…… 「2」 それでも体は前になんて動かなくて。 扉になんて近寄れるはずもなくて。 「1」 想像していた物騒な思考はしかし、普通に鍵を回して入ってきた男によって裏切られた。 男が背中で遮っていた光は踏み込むことで部屋に取り入れられ、映し出すはその横顔。 「……あ……クロ、 っ…!!!!」 強く掴まれた顎に、抵抗など許されなかった。 「何やってんだ?シルク」 問いただすように掴んだ顎を引き寄せられ、真っ直ぐに合わせられる視線。 「…もう一度聞く。こんなところで何をやっている?」 「う……ぁ、」 怒っているのだろう、クロスのその鋭い眼光に何も言い返せるはずもなくて。 「オレは用が済んだら探しに来いと言ったはずだよな?」 「……え?」 クロスが口にしたその言葉に戸惑うシルク。 ── え……? 「…っ!!だってコムイはっ、クロスの目的は私をここに連れてくることだけだってっ……!!」 「ほぉーそれで?」 それでもなにもない。 続きが継げなくてシルクが黙っていると、顎を掴むクロスの手に力が籠もるのが分かった。 痛みに顔を顰めるも、クロスに目で続けろと促され、ゆっくりと紡ぐ言葉。 「…っ、クロスが言ったこともしたことも全部っ……嘘だと思った」 現にクロスはコムイの言うように、落ち合う場所も何も伝えず、自分を駅のホームにただただ置き去りにしたではないか。 「でもクロスがいないならここから出て行っても私……どこも行く場所なんてなくて…」 伯爵に、アクマに。 今までのように狙われ続けるくらいならいっそ── 「…馬鹿弟子が!!!」 「クロ……っ!」 クロスに押し倒されて反転する視界。 「師として、身体でもって教えてやるよ」 「…っ! やだやだクロスやめっ…!」 「こうでもしなきゃ覚えねぇんだろうが!!」 暗転するシルクの視界に映る、明らかに怒ったようなクロスの顔。赤い瞳。 ── ねぇクロス。 どこまでが嘘で、どこまでが本当なの…? |