その他短編

□君を嫌いになれない男の話
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目の前で力なく倒れるかつての部下ーー

市丸ギンを冷たく見下ろした藍染は、その背に向かって小さく残念だよ…と呟いた。


みょうじ なまえという女を庇い、自分に盾突いた彼はーー

きっとこんな事でもなければいつまでも自分の優秀な右腕だったのに、と。

彼が腹の中にイチモツを隠していたのには気付いていたが、まさか一人の女の為に自身の命を投げ出すなんてと思った。

だがしかし、自分はこれからそのギンが護ろうとした彼女を殺しに行かなければならない。
計画の支障となる人物は全てーー

殺さなければならない。


「…さて。彼女はどこかな」


そう遠くにも行ってないだろうと踏み、周囲に気を配りながら瞬歩で移動する事数分。

恐怖と動揺からブレる霊圧を辿る事は容易く、すぐにその姿を探し出す事が出来た。


「ーー見つけた」

「…っ!!!」


物陰に隠れ震えていた彼女を見つけた藍染は足を止めると、うっすらとした笑みを浮かべながら彼女に近付いて行った。

それを見て弾かれたように立ち上がるなまえだったが、その瞳からはボロボロと涙が零れーー


「ギン…は…、」


血の滲む肩を押さえ、涙を流しながら…それでも気丈に、真っ直ぐに藍染を見て、一縷の望みを託すかのように言葉を紡ごうとするなまえ。

だが、


「死んだよ」

「……ッ!!」


彼女が最後まで言い終わる前に藍染は、彼女を絶望に叩き落とすその一言を告げた。

その一言で愛する人を失った事を知ったなまえは手にしていた刀を落とし、顔を覆って長い長い悲鳴を上げる。


「ギ、ンッ!!ギン……ッ!!!」


狂ったように何度も何度もその名を呼び、くず折れるようにして地面に膝を付くなまえ。

むしろ宝玉を手にした私をギンが止められるとでも、

本気でそんな事が出来るとでも思っていたのだろうかと藍染は眉を顰め、理解できない者を見るような瞳で泣きじゃくるなまえを見た。

仕方ないこのまま一思いに殺してやろうと鏡花水月に手をかけた藍染はしかし、何故だかその手を刀から離すと、彼女の顎をグイと持ち上げた。


「あ……う……」


虚ろなその瞳は目の前にいる藍染はおろか、何も映してはいなくて。

ただギン、ギンとうわ言のように呟き続ける唇。噛み締め続けていたのか、その口端は切れていた。


「…………」


藍染は試しに自身の斬魄刀である鏡花水月を引き抜き、その切っ先を眼前にと近づけて見たがーー

彼女がそれにこれといった反応を示す事はなかった。

それを見て更に顰められる藍染の眉。


「そんなにギンの事が好きだったのかい?」


長年自分の“部下”として置いていたギンは、昔からあまり感情を表に出さない男だと思っていた。

けれどもなまえを見る時はーー彼女を見る時だけギンは、長年行動を共にしてきた藍染だからこそ気づく程度のそれではあれど、優しく彼女を見ている時があった。


「“幼馴染み”とは聞いていたがーー」


ギンのどこが良かったのか、と。

自然と問い掛けそうになった自分に自分自身でおや?と思い、藍染は口をつぐんだ。

これから殺そうとしている人物を前に、何故今自分はそんな事を聞こうとしているのか。

聞いたところで意味なんてあるはずもないし、彼女がそれに素直に答えたところでまた、何の意味もないというのに…


「ギン、が……いない、なら……」

「ん?」


なまえの顎を掴む藍染の手を伝い、地面へとシミを作る彼女の涙。掠れた声で紡がれる言葉達。


「殺して……」


その涙を。

ガラス玉のような蒼の瞳に何も映さず、小さくそう呟く彼女を見てーー


「美しいな…」


純粋にただ、そう思った。

まるで精巧に作られた人形のようだと思いながらその耳に唇を寄せ、ギンを殺した私が憎くないのかい?と藍染が囁くと、彼女はビクリと一瞬その背を震わせた後……

条件反射のように傍らの刀を掴み、藍染へと突きつけた。


それに一瞬、

このまま彼女に殺されるのも悪くないなと思ってしまう自分がいる事に気付き、驚いた。

もちろん彼女の瞳には相変わらず藍染は映っていないし、突きつけたその刀を握るなまえの手にも、別段これといった力が入ってるわけでもなし。

ただ単に“反射”で刀を向けたに過ぎないそんな状態のなまえが、ギンを手にかける程の力を持つ藍染を殺す事事態、夢のまた夢の話だ。出来ようはずもない。

つまり、自分が今彼女を殺すなんて事は造作もない事。むしろ赤子の手を捻るよりも容易い。

だが、


「私と共においで、なまえ」


気がつけば藍染はそう口にしていて、顎を掴んでいるのとは反対の手で刀を握る彼女の手を取っていた。

…彼女を殺そうとしていたのに。

殺すしか考えてなかったというのに。

一思いに、苦しませる事もなく。
抵抗するのであれば多少荒っぽい手段に出なければならないかもしれないが、そうしようと思っていた。否、そうするはずだったのだ。

それなのに、



君を嫌いになれない男の話



(歩ませる道は悪でしかない.
…だが、それでも彼女に生を与えようと思ったのだ.
この手を取り、生きる事を選ばせ…共に辿らせよう、と.

ーー終焉のその時まで.)



2017.3.4 企画「バッド」 様提出.

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