シリーズ

□飄々としていると見せかけてただの馬鹿という悲劇
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ある夏の夜、潮江文次郎が一人で会計委員の仕事をしていると障子越しに声がかけられた。

「五年は組の坂埼右京です。立花先輩にここにいると聞いたので差し入れを持ってきました。入ってもよいでしょうか」

「…ああ構わん。入れ」

「いやぁ、今日も大変そうですねぇ。お邪魔してしまったなら申し訳ないです」

「そう思うなら手伝…いや、いい」

「まあ、私だって手伝いたい気持ちは山々なんですが、手伝いたくなるのを我慢する鍛錬ってことで遠慮させていただきますね!」

「アホか」

文次郎は溜め息をついて、再び算盤を弾き始めた、が。漸く訪れた静寂は瞬く間に消え失せた。何せ右京は文次郎を好いている。少しでも長く喋りたいのだ。

「あ、そうだ差し入れ持ってきたんでした。あのこれ、息抜きに甘酒どうぞ。血行が良くなって目の隈にいいですし」

「よけいなお世話だバカタレ」

「まあまあ、どうせまた徹夜でしょう?体冷えますよ。ほらほらどうぞ遠慮なく」

どうぞと言いつつ自分の分を飲んで嬉しそうに大きく息を吐く右京。それを見た文次郎は差し入れなのに自分の分まで用意している理由を、毒入りでないことを示すためだと解釈した。
が、別にそんなことはないのである。彼女はただ、少しでも長く一緒にいたかったのだ。文次郎にしてみればとんだ迷惑だが。

「ふん……うまいな」

「そうでしょう!何と言っても私の実家は村でも評判のぐだぐだぐだ」

「いきなり平滝夜叉丸化したぞこいつ」

文次郎がよく喋るなと思って見ているうちに、右京は船をこぎだし、前のめりになって畳に頭をかなり強く打ち付けたっきり寝てしまった。
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