小話
□レイン。
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朝から降り続いている雨が、まるでこの世の物音全てを攫っていったかのようだった。
曇天に支配された世界は今、雨粒がぱらぱらと木々の葉を叩く音しかしない。
こんな日はウォーカーも鳴りを潜めているのか、辺りは静かだ。
「ん…………」
車道から少し外れた森の中。
大木の下で雨宿りをしつつ、見つめ合うと自然と重なり合う唇。
こういう状況で恋人とキスを交わしていると、まるで世界に二人だけになったかのような錯覚を覚えて、私は笑みを浮かべた。
ダリルとなら、それも悪くないかもしれない。
「びしょ濡れだってのに随分機嫌がいいな」
「…………ダリルと一緒だからかな」
唇が離れていった事を名残惜しく思っていると、水滴が滴る私の前髪をダリルが指先でそっと横に払ってくれた。
必要に駆られ、こんな天気だというのに物資調達に出掛けた私達の全身は既にこれでもかというくらい濡れている。
「傘があれば、相合傘が出来たのにね」
「俺とそんな事したいのかよ……」
「恋人と相合傘ってちょっと憧れるけどな。ぴったりくっついて雨の中を歩くの
、楽しそうじゃない?」
その問い掛けにふんと鼻を鳴らして、ダリルはもう一度私の唇に自らのそれを重ねた。
やっぱり男性は、そういう事に興味は無いんだろうか。
「雨、弱まったな……」
「ちょっと残念かも」
気付けば、雨音は先程よりも小さくなっていた。
もう少しだけ、恋人との雨宿りを楽しんでいても良かったのだが、みんなが私達の帰りを待っているだろう。
「行こっか」
足元に下ろしていたリュックを再び背負う。
すると、いきなりバサッと頭に何かを掛けられた。
「え、ダリル……?」
見れば、ダリルがベストを脱いでいた。
どうやら私の頭に被せられたのは、彼のトレードマークらしい。
しかも、
「 傘ほど役には立たないが……無いよりマシだろ」
なんて言いながら、今度はシャツのボタンを外している。
何を……と問いかけようとすれば、顎でこっちへ来いと促され、一歩ダリルへと近付けば、腕を引っ張られて彼の腰へと回された
。
「えっと……」
自分が置かれた現状に戸惑う。
私は今、ダリルが着ているシャツの中にすっぽりと覆われていた。
ボタンを外したシャツの裾を広げるようにして私を招き入れたダリルは、私の肩をその上から抱いてしっかりと固定している。
頭に掛けられたベストといい……たぶん、濡れないようにしてくれているのだろう。
だが、いくら私とダリルに身長差があって、彼の着ているシャツが大きめのサイズであっても……ちょっと無理がある。
二人でよたよたと歩きだして、私は耐え切れずに吹き出してしまった。
「歩きづらくない?」
「……傘の変わりだよ」
そう返されて、心に暖かいものが込み上げてくる。
憂鬱な天気も、特別な人と一緒ならいくらでも楽しめるのだ。
END.