小話

□彼の隣だけが、
1ページ/1ページ

ピピピピ……
ピピピピピ……




ベッドサイドに置いた目覚ましが、早く起きろと騒ぎ出す。

今日は月曜日。
朝礼に遅れないよう、少し早く家を出なければ…………。




そう、わかってはいるのだが。
なかなか毛布から抜け出すことが出来ない。

目を閉じたまま腕を伸ばして、手探りで目覚まし時計を黙らせると、私は暖かい毛布の中で微睡んだ。

部屋の外からは、母さんが朝食の支度をしている音。
トースターがパンを焼いているのと、フライパンの上ではベーコンかウインナー辺りが丁度いい焦げ目を付けられているのが容易に想像出来る。

ぐぅ……とお腹が鳴った。
だけど、まだこのままぬくぬくしていたい。


その時、ケータイがけたたましく鳴り始める。


しぶとく鳴り続ける着信音に観念した私は、のそりと起き上がるとディスプレイに目をやった。
そこに表示された名前に、



寝惚けていた頭が一気に覚醒する。





「ぇ…………?」






そこに表示されていたのは、紛れも無く自分の彼氏の名前だった。
そういえば、遅刻しないよ
うにモーニングコールを頼んだような気もする。


だが、何故だろう……。


違和感しか感じないのは。



よく考えれば、見覚えのあるはずのこの部屋も……母が朝食を作る気配も。

なんだか、随分見ていなかったような気がする。



本当の私は、違う場所に居る。

そんな気がした。



ふと、ケータイのディスプレイに目を向けると……


彼氏の名前が消えていた。



気付けば、先程まで鳴り響いていた音の全てが消えていた。


世界が歪む。
視界が歪む。


その時、どこかで声がした…………。





「おいっ!!」

「…………っ!?」




頬をぺチンッと叩かれた衝撃に、目を見開く。


「ぁ、ダリ……ル……」

「大丈夫かよ」


魘されてたぞ、と言われれば……自分の両目からぼろぼろと涙が零れている事に気付く。

あれは、夢だったのか。

今では遠い、過去の夢。


「ダリル……」

「来いよ」


普通では無い私の様子に、ダリルは私を抱き寄せた。
彼の背中に
しがみつくように腕をまわせば、胸が切なさに締め付けられる。


あれは……夢の中の私は、まだ高校生だった。
世界がこうなるとは全く想像もしていなくて、間違いなく、『今が一番幸せ』と思っていた頃の夢。

だけど、そこにダリルは居なくて……かつて自分が愛した人の名前にさえ違和感を感じた事が酷く切ない。


確かに、世界は地獄のような有り様になった。

それでも……最愛の人と巡り逢えたこの地獄が今の私が生きる場所で、彼が私の全てで、幸福を感じるのはいつでも彼の隣なのだ。


「ダリル……」

「ただの夢だ、もう泣くな」



END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ