長編
□10.神の不在。
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「ソフィア……?」
ガサガサという足音に私が問い掛けると、リックが急いで私の口を掌で塞ぎながら、ダリルとほぼ同時にしゃがみ込む。
リックによって姿勢を低くさせられた私がすぐ隣のダリルに視線を向けると、シーッと、人差し指を唇に当てて『静かにしろ』と告げられる。
私がコクコクと頷いたのを確認すると、リックはやっと私の事を解放してくれた。
姿勢を低く保ったまま音のした方を伺うと──……私達の居る場所から一段低くなった地面を、ウォーカーがフラフラと歩いているのが目に入る。
見たところ、この一体だけのようだ。
ダリルの合図で、私達はこのウォーカーを仕留める為にそれぞれの配置についた。
……とは言っても、私はダリルの後ろで待機。
実際に何とかするのはこの二人だ。
悔しいとか、歯痒いとか、そういった感情が湧かないと言えば嘘になるけれど、私は無理を言って同行させて貰っている身。
助け舟を出してくれたダリルに応える為にも、今は二人を危険に晒さないよう行動する事に努めた。
小走りで先回りしたリックが口笛を吹く。
音に釣られてリックに牙を剥いたウォーカーの頭部へ、すかさずダリルが
矢を放つのを見て、私は感心しきりだった。
(すごい……)
ダリルのボウガンの腕は知っているけれど、それでもその実力を目の当たりにすると息を呑む。
ダリルは絶対に外さない……。
それが喩え、どんなに小さな的(まと)でも。
改めて感じる彼の強さに、私はただただ見惚れるばかりだった。
倒れたウォーカーに駆け寄ると、ダリルは頭に突き刺さった矢を躊躇いなく引き抜く。
「ソフィア!」
そして、辺りを見回しながらソフィアに呼び掛けるも──……答えはない。
広い森に、彼の声だけが虚しく反響するのみだった。
「ソフィアは、これに遭遇したわけじゃなさそうね」
もし、このウォーカーから逃げていたのだとしたら……まだ近くに居るかもしれないという希望はあったのかもしれないが、私は今もソフィアが追われる恐怖を味わっているのでは無いと思うと、いくらか気は楽になった。
しかし……リックを見て、そんな微かな希望も打ち消されてしまう。
「リック……?」
リックはしゃがみ込むなり手袋をはめると、ウォーカーの体を調べ始めた。
「何してる」
不審に思ったのかダリルも彼に問
い掛けると、リックは眉間に皺を寄せて私達の事を見上げる。
「爪に皮膚が」
リックの言葉の意味がわかると、ダリルもハッとしたようにウォーカーの体を見つめた。
「待って……爪に皮膚って、それってどういう……?」
言いながら、私も頭の片隅では答えが出ていた。
爪に皮膚が入るような状況なんて……況してやこれはウォーカーだ。
だから、最悪の事態を避けたいと願う私の心は、理解を示すよりも先に疑問を口にした。
「食べたばかりだ……」
リックが、ウォーカーの口をこじ開ける。
「肉片がまだ新しい……」
「何を食べた」
「まさか…………」
リックの言葉に、私はダリルと顔を見合わせる。
リックも、やりきれない表情を浮かべている辺り、同じ事を思っているのだろう。
「確かめる方法は一つ」
リックは意を決すると、ウォーカーのシャツを左右に破く。
現れた血色の悪い肌は、腹の部分が不気味に膨れ上がっていた。
パチンッとナイフの刃を取り出したリックを見て、私はそのナイフに手をかけた。
「名無しさん?」
「ナイフを貸してくれたら……私がやるよ……」
リックの手か
らナイフを抜き取りながら、私の声は情けないくらい震えていた。
二人に任せてばかりじゃなくて、私も何かしなければと……思っての事だった。
ソフィアの為にも、二人に協力する為にも。
だけど……『怖い』とか、『気持ち悪い』とかいう気持ちを完全には押し殺せないのも正直な所で。
ナイフを両手で握ったものの、私はなかなか動けずにいた。
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