長編
□03.善と悪の境界。
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とても、懐かしい感じがする。
最後にこうされたのはいつだったか……もう、思い出せないくらい遠い昔の事。
柔らかな感触に、優しい温もり。
誰かが、私の頭を撫でてくれている。
…………この感じは、
「おかあさん…………」
「オカアサン?」
思わず口走った日本語に反応したのは、聞き覚えの無いカタコトの日本語だった。
瞬時に意識が覚醒した私が目を開けると、高い天井と優しそうな老婆の姿が目に入る。
「あ、れ…………?」
見慣れない光景に、頭が混乱した。
確か、私はみんなとアトランタの街に居たはずだ。
だが、今目の前に広がっているのは……体育館のような高い天井。
それともホールだろうか?
辺りの様子を窺おうと身を起こす。
「ぅ、」
起き上がろうと身体に力を入れると、ちょうど鳩尾の部分にズキッと奔る痛み。
痛む箇所を右手で抑え、顔を顰めた私の顔を、隣に座る老婆がそっと覗き込んだ。
「大丈夫かい?」
「えぇ……」
返事をしながら、今まで
自分がこの老婆の膝枕で眠っていた事と、頭を撫でていたのがこの人物である事に気付く。
心から心配してくれている眼差しに、少し肩の力が抜けた。
「ごめんなさい、おばあさん……重かったでしょう?」
「そんな事より、身体は大丈夫なのかい?どうか許しておくれ……あの子達は決して悪い子じゃないんだよ。女の子に手荒な真似はしないよう、私からキツく言っておくから……どうか恨まないでおくれ」
老婆の言葉を聞きながら、少しずつ戻り始める記憶。
アトランタで他の生存者達に出会して、乱闘になって……私は気絶した。
ということは、ここは彼らのアジトなのだろうか。
みんなは……どうしただろう。
ダリルは……どうしただろう。
「誰か、大切な人とはぐれたのかい?」
黙り込んでしまった私に、老婆が問い掛けた。
「眠っている間、ずっと『オカアサン』と言っていたけれど……」
「ぁ、えっと……その人にはもう会えないんです」
産みの母は私が幼い時に、事故で亡くなっている。
「そうかい、それで泣いていたんだね……」
「え!?」
言われて、初めて自分の頬を伝っていた涙に触れた。
まだ頬が濡れている……。
泣いていたのは本当らしい。
「やだ……ごめんなさい、私…………」
「いいんだよ」
背中をあやすようにポンポンと叩かれれば、なんだかとてつもなく寂しくなった。
お母さんの事は、もう随分と夢に見なかったのに。
「ねぇ、おばあさん……私以外にも、誰か連れて来られなかった?」
「あぁ、それなら……」
「名無しさん!!」
老婆が答えるよりも先に聞き覚えのある声が響いて、私は声のした方を見た。
「グレン!!」
私達は駆け寄り、手を取り合う。
グレンは少し疲れた顔をしているが、無事なように見えた。
「気がついて良かったよ」
「グレンこそ、身体は大丈夫?」
「なんとかね」
良かった……本当に。
見た感じ、ここに連れて来られたのは私達だけのようだ。
それでも、知らない場所に一人きりじゃないというだけで、気持ちはだいぶ楽になる。
相手がグレンなら尚更。
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