DQW本編(短編・SS)

□Singing in the rain
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私と姫さまは身長が随分とちがう。私は身長だけはやたらと伸びてしまい、姫さまは小柄だ。少しちぐはぐな相合傘だ。雨垂れが姫さまの肩を濡らさぬよう気をつけねば。
いつもより距離が随分近い。姫さまは、私の顔を覗き込むように見上げる。私は見下ろす。
「何年ぶりかしら、相合傘なんて。あの時とは随分身長も違うけどね。クリフトがこんなに背が高くなるなんて思ってなかったわ」
「あの時、とは?」
「あら、覚えてないの?まだ私が小さかった頃だけど、爺とあなたのお父さまと私たちの4人でサランの聖堂へ行ったこと」
「ああ……ありましたね、そのようなことが」
「その時に、雨が降ってきて、傘が2本しかなくてさ」
「そのことは、申し訳ありませんが、記憶にございません」
私は本当に覚えていなかった。言われてみてやっとで「ああ、そういえば……」と、ぼんやり思い出す程度だった。
「なーんだ。覚えてないんだ。聖歌隊の歌を聴いた後でね、私とクリフト、相合傘で歌いながら帰ったのよ」
「ええ? そうでしたか……すみません、本当に記憶にございませんで」
「まだクリフトが聖歌隊に入る前だから、だいぶ昔よね。私はたまたま覚えてたけれど、普通は忘れちゃうわよね」
そう言われればそうなのだが、姫さまとのそのような記憶がない自分が悔しくて仕方がない。何で覚えてないんだ、自分。
「なんかね、こんな感じだったのよ」
そう言って、姫さまは口ずさみはじめた。しばらく聴いていなかった聖歌。私もそれに合わせて歌った。
周りから見たら相合傘をしながら聖歌を歌う若い男女という奇妙な状況ではある。
しかし、姫さまは記憶を反芻していらっしゃるご様子だし、私はそのなくなってしまった記憶を辿ろうとしていた。
「ね、その時はこの曲も歌ってたわ」
と、また別の曲を口ずさむ姫さま。また私も合わせて歌う。姫さまは、それはもう、楽しそうに歌われる。
だから、私も楽しい。
聖歌隊を卒業して以来、歌うことはほとんどなくなってしまったことに今更気づいた。私はそもそも歌が上手いわけではない。
しかし、
「ふふ、クリフトの歌声ってなんか新鮮だわ」
などと言われると、褒められているのかどうかは別としても、嬉しいものだ。

宿屋が近づいてくる。
もうすぐこの相合傘も終わりだと思うと、少し名残惜しいが……いやいや、姫さまのご好意によるものだ。変な気を起こしてはいけない。
「さ、着きましたよ姫さま。肩を濡らしてはいませんか」
「私は大丈夫よ、ありがとう。クリフトの方が肩が濡れちゃってるわ」
「私のことなどはいいのですよ。それでは私は傘を返してまいりますので」
へくしっ。あ、ちょっと冷えたか?
「やだもう、クリフト結構濡れちゃってるんだもの。風邪ひかないでよ」
「分かっております。あ、そうだ、温かいお茶をお入れしますので、飲んでお待ちいただけますか?」
「ううん、クリフトと一緒に飲みたいわ。飲むなら今一緒に飲むか、クリフトが帰って来てからか、よ」
「そんな。そのような気を遣っていただかなくても」
「あら、気を遣ってなんかいないわよ。私がクリフトとお茶を飲みたいの。それだけのことよ」
「……かしこまりました。すぐに戻ってまいります。少々お待ちください」
そして私は傘を返しに教会へ向かった。

雨の日も、悪くない。
空は曇っているけれど、私の心は明るい。
いけないいけない。ちょっと気を緩めるとにやけてしまう。
周りから見たら、私は少し変な人に映っているだろう。
何度も拭おうとしても、この感覚が拭えぬ。
……恋、だろうな。
今更だが。
そう、私は何度もこんな感じで確認している。
姫さまへの想いを。どうしても消えぬこの感情を。
それでも仕方がない。
考えていてもどうにもならない。
とにかく、今、姫さまは私とお茶を待っていらっしゃる。
急がねば。
雨の中、私はやや小走りで、しかし軽い足取りで、教会への道を進んでいた。

鼻歌で、聖歌を歌いながら。
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