DQW本編(短編・SS)

□Ten years gone
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ある春の日。やや霞のかかった月が浮かぶ夜から、いつもと変わらぬ朝を迎えるはずだったサントハイム王国。しかし、それまでとは大きく異なるものが、サントハイム城を取り巻いていた。

サントハイム国王ニコラス五世の妃、アレクシアは長らく病を患っており、ここ数年は公務も休みがちであった。
国王一家が朝食を摂っていたある春の日の朝。
「アレクシア、いかがした」
「すみません、胸のあたりが、どうも……」
「お母さま、大丈夫?顔色が悪いわ」
「ごめんね、アリーナ。大丈夫よ、心配ないわ」
そういった会話が交わされていた。王妃の顔は青ざめており、呼吸も浅い。
「いや、これはよろしくないだろう。誰か!宮廷医を!」
そうして王妃アレクシアは床に伏せった。
その二週間後、容態は急変。意識は朦朧としており、心拍、呼吸共に危険な状況となった。それを宮廷医師団がかかりっきりで処置をしていた。
ニコラス五世とアレクシアの一人娘である王女アリーナはわずか6歳であった。
「司祭さま!司祭さま!!」
サントハイム城一階にある教会。そこへアリーナは泣きじゃくりながら駆け込んできた。
「司祭さま、お願い!お母さまを助けて!祈って欲しいの!あたしも祈るから!」
「アリーナさま、落ち着いてください。……お祈りするのには心を落ち着けて。ゆっくり息を吸って。吐いて。そう、もう一回」
司祭は混乱しているアリーナを落ち着けることをまず優先させた。祈りのためというよりは、アリーナの精神のことを考えた結果である。
「まずこちらへお座りください。手を合わせて。組んでもいいです。目を閉じて、ゆっくり息を吸って、吐いて。吸って、吐いて。ゆっくりと、この呼吸の中で、王妃さまのことを祈りなさい」
アリーナは司祭の言う通りにした。少しずつゆっくりと落ち着いたアリーナは、穏やかに母のことを祈っていた。
その間、彼女の乳兄妹であるクリフトは、ずっとアリーナのそばについて、共に祈っていた。しかし時刻は日付も変わる頃。いつものアリーナならばとっくに眠りについている時刻である。
「アリーナ、眠くない? よければ僕のベッドを使いなよ、あっちの小部屋にあるから」
クリフトはアリーナを気遣うが、アリーナは首を縦には振らない。
クリフトもまた7歳であった。あまりにも幼い2人が夜通し教会で祈るなど……と、クリフトの父であり、サントハイム城教会の司祭であるケヴィンは不憫がったが、止めようとは決してしなかった。
「姫さま、かような時間に!」
アリーナの教育係である魔導師団第二部隊長ブライが心配して教会まで駆けつけた。
「姫さま、おやすみなされ。王妃さまは必ずや……」
「いや。お母さまがきちんと目を覚ますまであたしは起きてるの」
「しかし姫さま!」
「黙ってて。爺はお医者さまと一緒に頑張ればいいのよ」
アリーナの静かな、しかし意思のはっきりした言葉に少々面食らったブライだが、一息ついてこう言った。
「……あいわかった。ご無理はなさらぬよう。ケヴィン、クリフト、姫さまを頼んだぞ」
「御意」
そしてブライは教会を出た。

丑三つ時を過ぎた頃、アリーナとクリフトは、暗い教会の聖母像の前で眠っていた。
「……よくもまあ、ここまで……」
ケヴィンは毛布を2人にかけた。
「……今夜が山、だな……」
と、ケヴィンはひとりごち、彼もまた礼拝席の片隅で仮眠を取ることとした。

「父さん、父さんは回復呪文が使えるんでしょ?」
ある日、クリフトは父ケヴィンに尋ねた。
「ああ、大体のところならな」
「その回復呪文を、王妃さまにかけてお元気にすることはできないの?」
いかにも、子どもらしい質問。ケヴィンはやや苦笑しながらも、丁寧に答えた。
「回復呪文というのは、病気には通じないんだよ。あれは怪我を治す、怪我の痛みを緩和、つまり柔らげる、そういった呪文なんだ」
「え……病気には効かないんだ……」
「そう。病気に効く呪文なんてのは、今のところ使われたなんて話は聞かないし、今後も出てこないだろうな。病気に伴う痛みや辛さを減らすことなら回復呪文での応用が効くが、根本的な解決にならない。だから医者や薬剤師は無くならないんだよ」
「そうなんだ……」
「父さんは回復呪文と、少しの薬剤の知識を持っている。教会で最低限の応急処置を施せる為にね」
「そうなんだね、ありがとうお父さん」

クリフトは目を覚ました。
少し前にした父との会話を夢に見ていた。
「……僕も、お父さんみたいになるのかな」
横で眠っているアリーナの頭を撫でる。ぐっすり眠っているようだ。
「さて、どうやってベッドまで運ぼうかな……」
と、その時、ブライが入ってきた。
「……すまぬ、寝ておったか」
「いえ、僕はさっき目を覚ましました」
「姫さまは、寝ておるな」
「ええ、さすがに夜ずっとは無理でしょう」
「……王妃が、もうもたぬ」
「……え?」
「起きたら姫さまを連れて参るようケヴィンに伝えよ」
と、その時、クリフトの横で毛布がもぞもぞと動き出した。
「う……ん」
「あ、アリーナ?」
「起こしてしもうたかの」
「あ、あたし寝ちゃったの?」
「姫さま、行きまするぞ」
「え、何処に?」
「王妃の寝室じゃ。もう、間際じゃ」
「え?……それって、」
「クリフト、ケヴィンを呼んで参れ。奥の部屋におるのじゃろう?」
「ブライさま、私はここに」
礼拝席の片隅から、ケヴィンの声が聞こえた。
「なんじゃ、そのようなところにおったのか」
「幼き者が礼拝しているというのに、自室になど戻れますか。クリフト、奥の小部屋に控えておる神官に子細を伝えよ。私はそれ相応の支度をせねばならぬ故」
「かしこま……」
「いや!クリフトも一緒にいくの!」
アリーナはそう言った。
「姫さま?」
「クリフトも一緒じゃなきゃやだ。じゃないと、あたし、あたし……」
アリーナは震えていた。その声は小さいながらも、ほとんど悲鳴のような響きを持っていた。
「……しかし、私はその場にいては」
「いや、いいじゃろ」
「ブライさま?」
「お主は姫さまの兄同然なのじゃ。王妃にも息子のように可愛がってもらっておったじゃろう」
そう言ってブライはケヴィンに指示をする。
「クリフト、急ぎ神官たちには非常事態であることを伝えてくれ。それから急ぎ王妃の寝室へ向かう。ケヴィン、それ相応の用意をしてから参れ」
「御意」

「ねえ、爺、それそうおうの用意って?」
「……みておればわかる」
そう言いながら、ブライは幼き2人を連れて王妃の寝室へと入っていった。
「……アリーナ」
王妃の声は微かに聞き取れたが、とても弱々しく、注意しないと何を言っているのか聞き取れないほどであった。
「ごめんなさいね……もう、あなたと一緒にいられないの……もっと一緒にいたかった……」
「いやよ!お母さま!まだまだこれからなのに!」
「……クリフト」
「はい、王妃さま」
「あなたにも、お礼を言わなきゃね……息子が出来たみたいで嬉しかったのよ……これからも、アリーナを頼んだわね……約束よ」
「はい、王妃さま」
消え入りそうな王妃の声。それをクリフトはきちんと耳に入れようとしていた。
ニコラス五世はそのそばでその様子を見守っていた。このような幼子を残して旅立つとは如何なる心境か。また、まだ幼いのに母を亡くすとはどのような気持ちか。ニコラスは静かに涙を流していた。
「失礼いたします。司祭さまがおいでになりました」
「……通せ」
静かに、司祭のケヴィンが入ってきた。いつもとは違う、漆黒の法衣に純白のマントを羽織っている出立である。手には大きな箱があった。
司祭は王の前に進み出て、静かな、深い声で告げた。
「……サントハイム国国王ニコラス五世、汝はこれより伴侶を見送る」
そして王妃アレクシアに向かい、こう告げた。
「サントハイム国王妃のアレクシア、汝の御魂を天に捧ぐ時が来た……目を閉じよ」
ケヴィンは王妃の顔の上に手をかざした。
「アレクシア、汝は天に帰る。神のみもとへ。案ずるな、必ず神はそなたを救い給う……」
そして口中でケヴィンが聖句を唱える。
……やがて、アレクシアの呼吸は、消えた。
サントハイム国国王ニコラス五世妃アレクシアは、ここに永眠した。
その光景を、クリフトは目に焼き付けていた。
アリーナはなんだか分からず、ただ母が死を迎えたことのみを理解し、泣くことしかできなかった。
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