CAUTION部屋

□After the detour(or Kiss and pain)
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遊馬が苫小牧を訪ねてきてから約ひと月。あたしは遊馬と一緒に実山さんのところへ行くこととなった。
羽田で出迎えてくれた遊馬。突然、人目も憚らずハグとキス。
「こら、こんなところで」
「いーじゃんかよ別に」
遊馬ってこんなにだだ漏れだっけ?という疑問はまあともかく。あたしたちはそのまま八王子へ向かった。
実山さんと話をして、是非とも来て欲しいと、逆にハンティングされた。簡単な適正試験は受けてもらうけれど、元イングラムのパイロットなら何も問題はない、と。

「俺から言わせりゃ予想通りだ。うまくいきゃ、早速4月からの採用だぜ。」
「うん、そうだね。うちの親も、何も苫小牧でくすぶってなくていいって言ってくれたし。……うまくいけば4月から八王子住みか」
「おお、俺ん家、どうだ?」
「はい?」
ふいに遊馬はあたしに触れるだけのキスをしてきた。
「一緒に住まないか?」
「な……ちょっといくらなんでもまだ……それに遊馬まだ大学の二部行ってるじゃん。論文も書かなきゃ、でしょ?あたし本当に邪魔になるよ……」
「ま、それもそうか」
「それにあたし、一人暮らししたことないから、したいんだ。ね、遊馬のアパートの近くだったら、いいんじゃないかな」
「そっか、分かった。じゃ、一緒に部屋探そうぜ、俺ん家の近くでさ」
「うん、ありがと」

そしてしばらく後に告げられた試験結果。こんなにうまくいっていいのか。遊馬の予想通りの4月採用。
あたしは生活拠点を八王子へと移すことになった。

だいぶ春めいてきた頃、また上京して遊馬とお部屋探し。八王子のファミレスで賃貸情報誌をめくっていた。
「遊馬、卒業まであと何年?」
「あと1年。正念場だな」
「もう?早いね」
「そ。せっかく野明が東京へ来てくれるのに、あんまり一緒にいられねーや」
「ううん、いいよそんなの。それよりも遊馬の夢の方が大事。たまに息抜きぐらいには付き合うよ。いつでも声かけてね」
「うん、サンキュ。そういや、一旦苫小牧に戻るんだよな?いつだ?」
「できれば明日には戻りたい。だから今日お部屋決めちゃいたいんだ。次来るときはもう引越しの時だね」
「今晩、ウチくるか?」
「んー、お言葉は有難いけど、駅近くのビジネスホテル取ってあるんだ」
「げ。なんだよ、言ってくれりゃ俺ん家泊めたのに」
「ばか。まだ早いよ」
「何もしねーよ」
「それでもだよ。でも、晩御飯はつきあってくれる?」
「それはこちらも望むところで」
そんなこんなで、あたしは遊馬の住んでいるアパートから徒歩5分ほどのところに住むことにした。

4月、めでたくあたしは篠原重工へテストパイロットととして就職。
それからは大変だった。
テストパイロットの慣れない仕事。いくら元イングラムの操縦者で篠原製のレイバーに慣れているとはいえ、テストとなると勝手が違いすぎる。
それでも、あたしの方はある程度は慣れの問題で、月日が経てば仕事を存分にこなせるようになった。
本当に大変なのは遊馬の方だった。
すごく熱心に仕事をこなし、その上で夜間に学校に通う。そして課題など。場合によっては、学校からまた会社へ行くこともあったようだ。いつ寝てるんだろう。
そんな生活だから、週末は大体死んでた。

それでもたまに、休みの前の日には声がかかる。
「うちに来ないか?」
あたしは特に予定がなければ、お誘い通り遊馬の部屋にお邪魔した。もうお泊まりセットも完備してある。
遊馬の部屋について、ドアホンを鳴らす。
遊馬は玄関を開けると、まず私のほっぺにキス。ここは欧米じゃないってのに。

「遊馬ってこんなにストイックなやつだったっけ?」
「何が?」
あたしは遊馬の部屋で雑誌を読みながらミルクティーを飲んでいた。遊馬はコーヒーを飲みながら、何やら難しい計算式と英単語をパソコンに打ち込んでいた。
「自分の部屋に彼女泊めといて、キス以上のことはしないって」
そう、お泊まりはするし、同じ布団で寝るのに、遊馬はキス以上のことはしてこなかった。キスはそりゃもう必要以上にしているような気がするけれど。
「んー、ま、願掛けみたいなもんだよ。俺が篠原の正社員になるまでのな」
「中途扱いだっけ?」
「そ。だから、もう少し粘らなきゃいかん。でも、野明が恋しくなる気持ちは分かってくれ」
「……無理しないでね」
「おう。こっちこそ、中途半端にしてごめん」
「あたしはいいよ。どうせ経験も何もないから、さっぱりわからないし」
といったところで遊馬がコーヒー噴いた。
「なんだよ汚いなあ」
「……野明さん、その言葉はちょっと刺激が……」
「そうなの?」
「うん……それ、俺が正社員になるまで守ってくれるってことでいいんだよな?」
「え……あ! うん、……だって、遊馬じゃなきゃやだもん……」
それを聞き、遊馬が椅子から落ちた。
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