パトレイバー小説

□Bitter chocolates
1ページ/1ページ

冬。一番寒い時期。
街を歩けば、あちこちにハートとチョコレートのディスプレイ。
そうか、そういう時期だ。
今年はどうしよう。

これまで、南雲隊長とおタケさんとでお金を出し合って、みんなの分をまとめて買ってた。
だから基本的にみんなには同じものが渡っていた。
それとは別に、あたしは同じチームの遊馬とひろみちゃんに個人的にあげてて、おタケさんも太田さんと進士さんに同様にあげてた。
南雲隊長も第一小隊のみんなと、後藤隊長に少しプラスしてあげてたようだ。

「同じチームの遊馬とひろみちゃんに個人的にあげてた」というのは完全にカモフラージュ。遊馬とひろみちゃんにあげたチョコは、実はそれぞれ中身が全く違うものなのだ。ひろみちゃん、ごめん。
つまり、あたしは密かに遊馬が好きだった。でも、兄妹のような、親友のような、そんな関係を壊したくなくて、言えずにいた。
この関係が壊れるくらいなら、片思いしてた方がマシだと、そう言い聞かせていた。
だから、遊馬にあげたチョコは、到底言えないのだけれど、気持ちだけは「本命」だった。我ながら小心者だとは思うけれど。

遊馬は苦めのチョコが好き。「カカオ72」みたいな、カカオ強めのチョコをよく食べている。だから、遊馬には毎年、ビターなチョコを選んでいた。
「さすが野明。うまかったよ、サンキューな」
と、台詞の後に音符マークがつきそうな感じで翌日にお礼を言われる。ちょっとくすぐったいけど、選んだ甲斐があったって思える。

さて、今年だけど。
今までのような感じではダメだろうなあ。
もちろん、みんなの分はもう南雲隊長とおタケさんと相談済みだし、同じチームの遊馬とひろみちゃんにあげる、というところまでは例年通り。
何か変えるべきだよね。だって……ね。


「はい、これはあたしから」
「ありがとうございます」
当日。あたしはまずひろみちゃんに例年のように、ちょっといいチョコを、毎日の感謝を込めて。
遊馬には、あとで渡すつもり。
ふと見ると、おタケさんが太田さんと進士さんにチョコを渡していた。

大した事件もなく、簡単な事故処理があっただけで今日は定時に終了。
「あっすま、おつかれ」
「おー、おつかれ」
「ね、今日これから暇?」
「ん、暇」
「良かった。ね、ご飯行こうよ」
「おう、何?バレンタインになんか奢ってくれるのか?」
「んふふ、そうそう」
「わかった。バイクどうする?」
「今日は置いてく」
「了解」
そしてあたしたちはバスに揺られてちょっと街の方へ出た。

「野明、ごっそさん」
「いえいえ、どういたしまして。あ、これ、バレンタインの」
「え、メシ奢ってくれた上にチョコもくれるのか?」
「うん、これはその、いつもの、感謝の気持ちで」
「サンキュー。野明毎年外さないもんな。今年のも期待していいんだろ?」
「うん、多分口に合うと思うよ」
「じゃ、大事にいただきます」

結局、バレンタインのプレゼントを何か変えるべきと思っていても、全く考えなんてまとまらなくて。
「ご飯を奢る」という、何とも色気もひねりもないものになってしまった。
ということを遊馬にぽろっと言ったら
「いいんだよそんなの。俺は野明といられて嬉しかったぜ?」
そう言ってあたしの手をギュッと握った。
「でもこのまま帰るのもなんか寂しいよなー」
言いながら、遊馬はあたしを抱きしめた。
そして何回も、繰り返し、いっぱいキスをくれた。

遊馬があたしに初めてあの言葉を言ったのは、この間の年末のこと。
一瞬、何を言われたかわからなかった。
少し遅れて、あたしの心にその言葉が入ってきて。
あたしは思わず泣いてしまった。
「あ、すまん、……嫌だった、か?」
「……ちがうよ、バカ」
あたしは遊馬に抱きついた。

それからというもの、2人で出かけた時、こうやって遊馬はあたしを抱きしめてくれる。
今日もまた。
そして繰り返される、あの言葉。
「好きだ、野明」

今日は、あたしと遊馬が恋人になってからの、はじめてのバレンタインデー。
「な、野明」
「何?」
「帰したくないって言ったら、怒るか?」
「……ふふ、どーしよっかなー」
そしてあたしたちは、手を繋いで夜の街を2人でゆっくりと歩いていった。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ