パトレイバー小説

□17 Dec.2000
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「パートナーだからな。知ってて欲しかったんだ」
野明は遊馬によっていきなり篠原家の菩提寺にあるお墓へと連れていかれた。
遊馬から家族のことを聞かされるとは思ってはいなかった。それが元で口論となり、まともに口もきかない日もあったというのに。

「先に車に戻ってろ。大丈夫だ」
境内の階段ですれ違った初老の男性。篠原重工社長にして、遊馬の父、篠原一馬。遊馬はその後を追った。何かを話したのだろうか、かなり長い間いがみ合ってると聞いていた野明は、内心、どこかほっとしていた。
しかし、それと同時に。
いつか遊馬は篠原重工を継ぐことになるのだろうか。
そう思い当たると、心の中がざわめき出した。

待っている間に遊馬に借りたマフラー。当たり前だが、遊馬の匂いがした。
安心する気持ちと、少し胸が締め付けられる気持ち。
一緒にいすぎて、どこかへ置き去りにしていたような感覚。野明は静かに目を閉じていた。

東京に着いて、レンタカーを返した。
「今日、まだ時間大丈夫か?」
遊馬は野明に訊ねる。
「うん、今日は予定はないけど……」
「飯いこうぜ。一緒に来てもらった礼に、おごるよ」
「いいの?」
「ああ、それにさ、お前誕生日だろ?」
「……覚えててくれたの?」
「ああ。知った時はちょっと複雑な気分になったけどな」
そう言って遊馬は歩き出した。
その後をついていく野明は、遊馬の背中をぼんやりと見つめていた。

「ごちそうさま」
いつものファミレスではない、イタリアンのレストラン。美味しい料理と少しのワインでお腹を満たした2人は、寮へと戻るために駅へと向かっていた。

並んで歩く2人。
野明は、遊馬の方をちらりと見た。

いつかは、離れなきゃいけない、んだよね

そう思ったら、どういうわけか。
自分でも理解しないうちに、野明は遊馬の背中に抱きついていた。
「どうした?」
「……どうしちゃったんだろ、あたし」
自分で取った行動なのに、野明は戸惑っていた。しかし、遊馬はそれをなにも言わずに受け止めていた。

「……ね、遊馬」
「ん?」
「誕生日プレゼント、リクエストしていい?」
「おう、なにがいい?」
「マフラー」
「マフラー?」
「うん、今遊馬がしてるやつ」
「……あんまり綺麗なもんじゃねーぞ」
「それでもいいの。ううん、それがいいの」
「なんだよ、変なやつだな」
そう言って、遊馬はマフラーを外した。
「こら、ずっとお前がくっついてたら渡せねーだろーが」
そう言いながらも、遊馬は自分の腰に回されていた野明の手に、自分の手を重ねた。
「……離れたりしねーよ」
「……うん」
「できれば、ずっと」
「……やっぱ遊馬だ。あたしのことなんて何でもお見通し」
「フォワードとバックスは一心同体だって、ずっと言ってるだろ?」
「……うん」
その姿勢のまま、どれだけの時間が経っていただろうか。しかし2人にとっては、心地のよい沈黙だった。

「のーあ」
その沈黙が、遊馬の柔らかい声で破られた。
「なあ、野明。いい加減離してくんね?」
しかし野明は、抱きついたままだ。それどころか、離したくないと言わんばかりに、腕に力が少しこもった。
「じゃないと俺、ちゅーしちまうぞ」
我に返ったのか、野明はがばっと体を遊馬から離した。
「あ……あすま……、いま、な……」
野明は顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
「お、いいリアクション」
遊馬はそう言って、マフラーを野明の首にかけた。
「ほれ、ご所望のマフラーでございます」
「え……あ、ありがと」
「あんまり綺麗じゃないし、安物だからな。一回洗った方がいいぞ。普通に毛糸洗いみたいなので洗えるやつだから。それとも、洗ってから渡そうか?」
野明は首を横に振った。
「そんな必要ないよ。ありがと」
「ん、そうか」
そして遊馬は野明の頭をくしゃっと撫でた。
「おめでとうな、誕生日」
「……うん。ありがと」

そして2人はまた歩き出した。どちらからともなく、手を繋いで。


部屋へと戻った野明は、そのまま畳にぺたんと座り込んでしまった。
「……ちゅー、したらどうなったのかな……」
もちろん、遊馬の冗談であることは理解しているし、付き合ってもいない男性とキスをするなどということは考えもしないのだが。
「いっそ本当にちゅーしちゃえば良かったのにな……」
野明はマフラーを抱きしめていた。
当面、このマフラーを洗うことはないだろう。
野明の心は急速に、しかし、静かに動き出していた。
「あすま……」
野明はその名を呼び、マフラーに顔をうずめて、一粒の涙を零していた。



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