パトレイバー小説

□Widow's peak
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あんまりお洒落とは言えないあたしだけど、それなりに悩みだってある。

あたしの髪は、太くて硬くてくせ毛で、そして実は量が多い。
いわゆるまとまりにくい髪質の上、剛毛だ。
髪が長かった時期もあるけど、三つ編みなんてまるで注連縄。
雨の日なんかはもう何をしても仕方がないと諦めモードになる。
髪が伸びてきた時は、伸びたというよりも「増えた」という方が実感としては強い。
「簡単ヘアアレンジ」みたいなグッズも簡単だった試しがなく、もちろんヘアピンなんて役に立たない。
どうしてヘアピンメーカーはあんなヤワなもので髪を止められると思うんだろうか。

という愚痴を熊耳さんにしたら
「私はそんなことなかったわねえ……」
だって。
そうだよね、熊耳さんの髪質って素直そう……

今はショートにしてるからヘアピンとかヘアアレンジグッズなんかはお世話になってないけど、
あたしの髪質では、日常的に厄介なことに直面することになる。

寝癖が簡単には直らない。

一回ついたら「形状記憶か!」というくらい直らないのだ。
下手に直そうとすると余計とんでもないことになる。重力って何ですか?
寝癖直しスプレー?何それ、おいしいの?

二課に着任した当日、今思うと恥ずかしい限りなんだけど、あの時は楽しみすぎて寝られなくて結局寝坊して。寝癖をきちんと直さないまま来てしまった。
隊長にそれはだいぶ長いこといじられた。
そういうことを一番いじりそうな遊馬は意外と言ってこない。遊馬にはまた、別のものを見られているのだ。

あれは二課に着任してまだ日が浅い頃。まだ熊耳さんもいない頃だ。
あたしは寝起きにまず鏡をチェックする。髪が半乾き状態で寝てしまった日にはだいたいとんでもない寝癖がついている。
そういった寝癖はべっしゃべしゃに濡らさないと直らないので、まず洗面所へ向かう。それからドライヤーを使って整える。
丁寧にブローなんかしてる暇はない。とりあえずある程度整ってればそれでいい。

その途中で彼に遭遇してしまったのだ。

「おは……なんじゃそりゃ!?」
よりによってその日はあたしはろくに髪を乾かさないままが眠ってしまったのだ。
もう寝癖とかいうレベルじゃない。
「お前……ぶはははは!!その頭……昔のパンクロッカーかよ!」
昔のパンク?あんまりわからないけど、髪が逆立ってるってこと??
まあ、つまりそういう頭をしていたのだ。
そんなあたしの頭を見て、遊馬は完全にツボに入っちゃったらしい。
「なんだよう!遊馬だって髪の毛はねてるじゃないか!」
「俺はいいんだよ!どうせこのまま濡らしてほっとくだけだ。ていうか、お前さ……」
笑いのおさまった遊馬があたしをじっと見つめてきた。
なに?なんなのよ?
なんかちょっとかっこいいじゃないか。遊馬のくせに。
「お前……」
まだ見つめてくる。
もう、なんなんだよ!!
「富士額だったんだな」
……へ?そこ?
「いやー、富士額って日本髪のイメージあるけどなー。意外だなー野明が富士額とは」
「あ、……そう」
普段前髪なんて上げないから全く気にしたことがなかった。
「いやー、立派な富士額だなこりゃ。なんかいいもん見た気がする」
そして遊馬はあたしの頭(というより髪)を、いつも以上にぐしゃぐしゃにして洗面所へ向かっていった。
なんだよもう。いずれにしても直さなきゃないんだから別にいいけどさ。
あたしも洗面所で頭を濡らすつもりで来たのだけれど、遊馬が終わるまで少し待った。

それからというもの、遊馬は意味もなくあたしの前髪を上げてくる。
ある日の給湯室。
茶坊主のあたしはお湯を沸かしていた。
そこにおそらく電算室にいたであろう遊馬がやって来て、いつものように前髪を上げる。
「何すんだよう」
「たまには拝みたい」
「たまにじゃないじゃないか!それになんかそんな風に凝視されるとこっ恥ずかしいんだけど」
「いーじゃねーかよ」
「!」
あたしのおでこにあったかくて柔らかい感触。沸騰しているのはやかんか、あたしの顔か。
「なんだよ、その顔」
「だ……あ……いま……な……」
あたしはうまく言葉を発せない。
「そーいうことだよ」
そう言って、いたずらっぽい笑顔で、遊馬は隊員室へと向かった。

あたしはおでこをおさえてその場にへたり込んでしまった。
沸騰したやかんが、しばらくしゅんしゅんと音を立てていた。
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