パトレイバー小説

□Tram
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俺たちが第二小隊に配属されてからはじめての夏休み。
世間の盆休みをずらした時期に、俺たちは3日間だけだが、休みをもらった。

夏の終わりごろ、秋がちょっと見えてきた時期。
今日は3連休の真ん中。
ようやく暑苦しい日々が終わって、涼しさが感じられるようになったのに、今日いきなり暑さがぶり返した。
腹立つぐらい、すっげーいい天気。

勘弁してくれよ。こう気温の変化が激しいと風邪引いちまう。
比較的体は頑丈にできている方だと思うが、これはちょっと辛い。


「あたし地元帰る。お土産買ってくるからね」
あいつはそう言って、一昨日の終業後の夜、羽田から北の大地へと帰っていった。
あいつだけじゃない。
ひろみちゃんは石垣島へ。
太田は釜石へ。
進士さんは、奥さんと一緒に藤枝へ行くって言ってたな。
おたけさんも西宮へ顔を出すって言ってた。
みんなそれぞれ地元へと戻っていったんだ。

俺の地元は一応前橋なんだけど
どうせ家にゃ誰もいないし、会いたいやつも特にいないし。
「さみしいやつ」だなんてあいつには言われそうだけど。


というわけで、目的も定めず、東京の街をぶらぶらしていた。

気の向くままに。電車に乗って。

気づいたら、荒川あたりに来ていたんだろうか。
東京で路面電車に乗るのははじめてだ。

適当なところで降りて、適当に歩いて、適当な喫茶店に入る。
路面電車が走っているのが時折見える。

アイスコーヒーと、小腹も空いたからたまごサンドを注文。
ちょっと古めかしい、でも、味は決して悪くない。コーヒーのいい香りと、なぜか嫌な気がしないちょっとした煙草の匂い。こういう喫茶店に入るのも随分久しぶりだ。
適当な雑誌を読みながら、窓からなんとなく外を見つつ、なんとなく時を過ごしていた。
店内はそれなりに涼しいけれど、
外を見ると、あまりの暑さに靄がかかった景色。
アホみたいに青い空。
なんとなく懐かしい、昭和っぽい町並み。

俺たちが普段、詰めている埋立地も
やたらと高いビルが並ぶ新宿も
このなんとも言えない空気を持つこの喫茶店も
全部東京なんだよな。

なんだろう。
この感覚。

「帰りたい」

そんな気分に襲われる。

どこに?
俺には帰るところなんかないのに?

喫茶店を出て、またうろつきだす。
本当に暑いな。いい天気すぎるだろ。
と、青い空を見ていたら。


……ああ、そっか。


あいつ、か。


あいつの顔がなぜか浮かんで来て、俺は苦笑する。


パートナーだからかと思っていたんだが。
……たぶん、そういうことなんだろうな。

「帰りたい」だなんて言うと、語弊があるけれど、要は


あいつが、俺にとっては「居所」、なんだ。


こういう言葉にすると、あまりにも安っぽくて。
かといって、他に言葉が見つからなくて。


休み明け、きっとあいつは「おっみやっげだよ〜ん」なんて言いながら現れるんだろう。
今が旬の海産物ってなんだっけ?
それとも、酒屋おすすめの地酒か?
あるいは無難に、ラングドシャとホワイトチョコのお菓子か?
はたまた乳製品か?

まあ、そんなことはどうでもいいんだ。

明後日の朝になりゃ、
あいつの顔が見られるんだ。


でもな。
……たった3日間なのにな。
なんでこんな感覚に襲われるんだよ。
自分で自分がアホみたいで。
なんとも言えない笑いがこみ上げてくる。


……会いたい、な。あいつに。


苫小牧、行っちまうか?
この青空を。

行ったところでどうするわけでもないけどな。
だから行かない。行く理由もないし。


でも。
なあ、野明。
会いたいんだよ。



俺、たぶん。

お前のことが好きなんだ。

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