パトレイバー小説

□LOVE BEER
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心置き無く飲んで食べて。制限時間いっぱいまで堪能した。
酔い覚ましついでにそのへんをふらふらと歩く。
「このまま帰るのってなんかもったいないよね」
いつだったか、こう言ったのは野明のほうだった。それ以来、こういう時間が俺たちはお気に入りだった。
「ちょっと休むか」
と、公園のベンチへ腰掛けた。
近くの自販機でお茶を2つ買う。
「ありがと」
夜、ビアガーデン後とは言え、暑いもんは暑い。
野明はキャミソールのワンピースの上に、薄手のカーディガンを羽織っている。しかし暑いのか、それを脱いでしまった。
ちょっと目のやり場に困るな……と思っていたんだが、そんな野明の肩にあるものを見つけてしまった。
肩の一部がうっすらと紫色に変色している。太田も同じ跡がついている。
レイバー乗り全員がそうなっているわけではない。パトロールレイバーの特性上、激しい操縦を日常的に行うためについてしまうもの。おそらく第一小隊の石和さんたちも同じものがついているんだろう。
「あ、気づかれちゃった?」
俺は思いの外凝視していたらしい。
「ん、まあ……太田も同じのついてたからな……」
「やっぱそうだよねえ。こればっかりは宿命だね」
「……痛むのか?」
「ううん、痛いのは最初だけだよ。今はもう慣れっこ」
「そうか……」
「ずーっと残っちゃうのかなあ。もう肩出した服とか着られないね」
あはは、と本人はあっけらかんとしている。
「ほっぺといい肩といい、あたし傷だらけだな。ま、これも勲章か」
昨年の、あのグリフォンとの戦いでついてしまった頬の傷。若干薄くなったとはいえ、おそらくずっと残ってしまうだろう。
気にしてないそぶりはしているものの、あれから野明は出かける時はうっすらと化粧をするようになった。それまではほぼすっぴんだったのに。
「……なあ」
「ん?」
俺は野明の頬に手を添えた。
「全部、俺が引き受けちゃダメか?」
「? どういうこと?」
「……あの言葉、聞こえてたか?」
「あの言葉……って?」
「俺はお前を魔性の女にさせるつもりはないからな」
「……!」
思い出したのか、野明の顔が真っ赤に染まっていく。
「……あんな時に、あんなこと言うもんじゃないっしょ……」
「やっぱ聞こえてたか」
「それにさ、『そん時は俺が』しか言ってないじゃん。結局なんなのか、はっきりしてないから無効だよ」
真っ赤になりながらも反論する野明。ほほう、そうきましたか。
「んー、……じゃあさ」
俺は野明を軽く抱きすくめる。
「今、最後まではっきり言ってやろうか?」
「……いらない」
「……どうして?」
俺は冷静を保ってはいたが、内心断られたかと、次に来る言葉を覚悟した。
「今はさ、その時じゃないって思うんだ。あたしは今、何よりも仕事が好きだし、イングラムとの時間が一番なんだ。あたしたちが特車二課に配属された時は最新鋭だったイングラムだって、今や老兵でしょ?いつまでも一緒じゃいられないってことぐらい、馬鹿なあたしでもわかるよ」
俺の腕の中で、野明は静かに、でもはっきりと答えた。
「遊馬のことをどう思ってるかなんて、今は言わない。でも、すごく、大切なんだよ……それと……あとはその時が来たら、話すよ」
拒絶されたわけではない。ならば、と。俺はほんの少しだけ野明を抱きしめる腕に力を込めた。
「そうか。なら俺も今は何も言わん。俺こそ、お前がすごく大切だし、失いたくないんだ。……ありがとな」
「ん……こっちこそ、ありがと」
まだ酔ってるのか、お互い柄にもないことを話す。でも、これはお互い嘘でもおべんちゃらでもないってことだけは確かだ。
そう、今はその時じゃない。でも、お互い、目の前に大切だと思う人がいる。
俺は野明を腕にやんわりと閉じ込めたままだ。振りほどこうと思えば、簡単に振りほどけるぐらいの強さだが、野明はそこから出ようとしない。
どれくらいそうしていたのかわからない。すごく長かったような、ほんの少しの時間だったような……。
「なあ、野明」
「ん、なーに?」
「明日の非番、暇か?」
「ん、暇だね」
「そうか、んじゃ、2時に◻×駅な。映画と夕飯。いいだろ?」
「ん、りょーかい」
明日の非番の約束を取り付けて、俺たちはそれぞれの寮へ帰るため、駅へ戻ろうとした。
でも俺は、野明には悪いが、何だかおさまりがつかなくて。
「これぐらいは、許してくれるか?」
そう言って、野明の頬の傷にキスをした。
「勲章、だろ?あやからせてくれよ」
「……恥ずかしいことしてんじゃないよ……」
そう言いながらも、全く嫌がっていない野明の目から、ほんの一筋の涙が見えた気がした。

門限には間に合わなかったけれど、終電には余裕な時間。
公園から駅まで、大した距離じゃないけれど
俺たちは寄り添って、ゆっくりと歩いていった。

手を繋ぎながら。
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