パトレイバー小説

□WAVE
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まだお互い20歳になるかならないかの頃。
警察官として配属された春の日。
ただひたすらに、がむしゃらに突き進んだ。
あれから何年経っただろうか。今ではそれぞれ、その時の面子は埋立地を離れて生活をしている。
「なんだか、懐かしいね」
あの頃よりは整備された埋立地。遊馬と野明は、その埋立地へ足を運んでいた。
少し強い風が吹いている。
「今思うと、ほんとあっという間だったね……」
「だな……」
お世辞にも綺麗とは言えない海はそのまま。それでも、刻々と色々なものが変わりつつある。
遊馬と野明も、現在は職務上のパートナーではなくなった。しかし、2人の関係は親友或いは兄妹のようなものであり、良くも悪くも以前と変わらないままだった。多くの時間を共有している、そんな間柄であった。
「波、強いね」
「風も強いからな」
「風、冷たいね」
「そりゃ12月だからな」
遊馬は野明のほうを見た。
栗色の髪は少し伸ばされ、野明は時折髪を耳にかける仕草をする。少し揺れる程度だった髪が、今ではなびくようになっていた。
「髪、伸びたな」
「あ、うん。くせ毛だからさ、これからが大変だよ。うねるしはねるし」
「なのに伸ばすのか」
「うん。その方が大人っぽく見えるしさ」
遊馬は目を見開いた。そんな事を気にするような奴だっただろうか、いや、自分がそれを見落としていただけだったのだろうか。
共に埋立地で働いていた頃に比べて、どんどんと大人になっていく野明に、自分は置いていかれているような、そんな気分にさえなる。
それでも虚勢をはるのは己の悪い癖だと、遊馬は理解している。かといって、いつもの態度を改められる訳もなかった。
「お前が大人びたって大した事なかろ」
「あー!言ったな?遊馬なんか目じゃないくらいのいい男捕まえてやるんだから!」
よくありがちな、軽口。
しかし遊馬には、全く別の意味を持って響いてくる、そんな言葉。
「俺以上の男なんかいるのかよ」
軽口には軽口で返す。しかしそんなのは単なる強がりでしかない。
「日本の男性の人口は6000万人でしょ?1人ぐらいはあたしにとっての王子さまがいると思うんだよねえ」
空に晴れ間は見えている。それでも波はやや荒れ気味で、雲の流れも早い。
それが今の自分の心情を表しているようで。
潮時、か。
遊馬はショルダーバッグから、手のひらサイズの包みを取り出した。
「やる」
「へ?」
「お前の誕生日プレゼント」
「え?あ、くれるの?」
「そりゃ、長年の付き合いだしな。そもそも、たまたま誕生日が週末だからってドライブ行きたい、埋立地に連れてけって言いだしたのお前だろ」
「えへ。ありがとうございます」
そう言って野明は包みを受け取った。
「……俺の精一杯だ。いらなかったら適当にその辺に放っておいてくれ」
「……え?」
精一杯とはどういう意味か、野明には分かりかねていた。
「……開けていい?」
「おう」
野明は包みを開けた。
「え、これって……」
中には、上等な青のビロードの箱が入っていた。
野明は戸惑いつつもその箱を開けた。
中にはタンザナイトとダイヤモンドがあしらわれた指輪が収められていた。
「あすま、これって、その……」
「そういう事だ。今更、一からおつきあいしてくださいなんていうような関係でもあるまい」
「え、でも……」
「だから、嫌だったら適当に放っておけっつったんだ。つまり、そういう事だよ」
野明はその箱を手にしたまま、動けないでいた。
……やはり駄目だったか。遊馬はそっと野明の顔を見た。
「お、おい!」
野明は泣いていた。
「あの、すまん、その……嫌だったんなら謝る。だから、その……」
「バカなの?」
「はい?」
「遊馬さ、あたしのこと、分かってるようで分かってないよね」
「……なんだよ、それ」
「……こういう指輪くらい、もうちょっと特別な感じで贈られたかった」
「え?」
冷たい風が舞い込む。
「こんな、風の強い埋立地じゃなくてさ、こう、なんか、その、ちょっとおしゃれな所とかさ」
「……あー、そう、か」
「……って、違うよ!問題はそこじゃないんだ。いや、それなりに問題だけどさ……」
「……どういうことだよ」
「なんていうのか、その……あたしが断るとでも思ってたの?」
「え?」
「あたしさ、遊馬と一緒がいいんだよ?」
「え?そう、なのか?」
「ほら、やっぱり分かってない。誕生日に一緒にいたいから、ドライブに誘ったんだよ……それがどういうことかぐらい、分かってよ。それを、嫌なら放っておけなんて……出来るわけ無いじゃないか」
そう言って野明は遊馬に抱きついた。
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