浅草火消しの御前様
□伍
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太閤秀吉と双子は手を繋いで縁側から自室に戻った。大広間は幾つもの八間や篝火台で明るかったが、大広間を離れたら自然の夜が広がっていた。
(暗っ…)
月明かりを頼りに板の廊下を進む。街灯の明かりも多少はあるようだ。物の凹凸が見える。闇夜が怖い訳ではないが、間取りや柱の位置などを把握してこの家に慣れないと、ぶつかりそうだし転びそうだ。
(それに、迷いそうだしね…)
女3人は自室に着いた。双子が障子を左右に開けて月明かりを取り入れ、行灯を灯す。手慣れていてあっという間に室内が明るくなった。
太閤秀吉は障子を閉める。
「ヒカゲちゃんヒナタちゃん、ありがとう。行灯も点けられるなんて凄いのね」
双子の側に寄り、両膝を畳についてまじまじと行灯を眺めた。あちこちから覗いて、仕組みを把握する。
双子は火打石などを入れた木箱と炭化布を入れた缶を傍らに片づけて、不思議そうに首を傾げた。
「姉御は行灯も初めてか?」
「見た事ねェのか?」
太閤秀吉は頷く。
「うん。テレビとかでは観た事あるけど、実物を見るのは初めてかな。今度使い方教えてね」
「「合点だ!」」
双子はニカッと顔を明るくさせた。太閤秀吉も微笑む。
「じゃあ寝る準備しよっか」
「「おうよ!」」
3人は帯を解いた。浴衣(寝間着)に着替えて布団を敷く。双子は太閤秀吉の布団を挟むように枕を並べた。
それから太閤秀吉は白薔薇の簪を丁寧に箱にしまい化粧台に置き、前髪を左右に分けて水の球を創り出した。バシャッと顔を突っ込む。
「「姉御!?」」
黄色いリボンを外した双子が素っ頓狂な声をあげた。太閤秀吉は構わずに化粧台の前で試供品の洗顔石鹸を泡立て、メイクを落とす。
「ふぅ…」
顔の表面の水滴を払い、水の球を消した。化粧水や乳液、美容液などで肌を整えていく。優しい香りにすうっと肌に馴染む基礎化粧品類(試供品)は、使い心地抜群だった。
(結構イイかも…)
これで肌に特に異常がなかったら、本体の方を買ってもらおう。
「…どうしたの?」
太閤秀吉は、側でワナワナと震える双子を見やった。双子は左右から太閤秀吉に抱きつく。
「なあソレ顔洗ったのか!?」
「いつもやってんのか!?」
太閤秀吉は頷いた。
「ウチでは大体こうだったわね。まぁ、ちゃんとした洗い方もする時はするけど」
「「ヒカとヒナにもやって!」」
双子は眼を輝かせた。
「良いわよ」
太閤秀吉は右手をスイッと動かし、2つの球体を創った。双子がパアッと顔を明るくし、浮かぶ球体に思いっ切り顔を突っ込んだ。
「プーッ」「ブブブブブ」
双子は水の球に両手を添え、中で息を吐き出して遊んだ。浮かび上がった空気が球体の表面でコポコポと弾ける。
「…ヒカゲちゃんヒナタちゃん。遊んでないで顔洗って」
太閤秀吉は右手をスイッと動かし、水の球を双子から剥がした。双子が水の球を追って両手を上に伸ばす。
「洗うっ! 洗うからぁ!」
「悪かったよ姉御、水タマ下ろして!」
太閤秀吉はスッと右手を下ろし、水の球を双子の眼前に下ろした。双子が再び顔を突っ込んで、今度はバシャバシャと顔を洗った。
「「ふぅ〜〜」」
双子は満足したようで水の球から顔を離した。太閤秀吉は右手をサッと振って、水の球と双子の顔の水滴を取り去った。
「「おおっ!」」
双子は自身の顔をペタペタと触る。
「スゲェサッパリだ!」
「たおる要らずだな!」
続けてお願いをする。
「「ヒカとヒナにも姉御の化粧品使わせて!」」
「?」
太閤秀吉は首を傾げた。
「ヒカゲちゃんとヒナタちゃんは、化粧水とかは持ってないの?」
風呂場(脱衣場)には全身用シャンプーのボトルがデンと置いてあった。あれは紅丸さんか相模屋中隊長が買い与えた物のはずだ。
双子はフンと鼻を鳴らした。
「「持ってねえ!」」
「若も紺炉も、『子供にゃまだ早ェ』って言いやがンだぜ!」
「都合の悪い時だけ子供扱いしやがって、糞食らえってんだ!」
プリプリと憤慨する。
「なのに『女らしくしろ』だの『淑やかにしろ』だの、言ってる事矛盾し過ぎて反吐が出らァ!」
「他の野郎共も『身綺麗にしろ』とか言うクセに、当の本人たちはてんで身綺麗にしやがらねェ!」
「『汗臭ェのが男の勲章だ』って、馬っ鹿みてえ!」
「そんなんだから女が寄って来ねえんだ!」
と日頃の鬱憤を散々ぶちまける。