赤井家

□7:断髪
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 午前2時を過ぎた頃、秀一はC-1500をマンションの地下駐車場に停めた。ライフルバッグを背負い、疲れた身体と沈んだ心で重い足を引きずって、エレベーターに乗り最上階へ向かう。

「…」

 扉の前に立ち尽くした。この扉を開けてもしまた妻子たちがいなかったら…と暗いほうへ考える。

 一度目はアメリカで、アカデミーを卒業して正式にFBIへの入局が決まった日だ。婚姻届を手に意気揚々と自宅に帰ったら、妻子の荷物だけが消えていた。

 ジェイムズから聞かされた悲報は今でも覚えている。

 二度目は日本で、ある組織に潜入していた時だった。

 自身とキャメルがFBI捜査官だと知られて本国への撤退を余儀なくされた。妻子の居場所は掴んでいたから一緒にアメリカに連れて行こうと当時のマンションを訪れたら、部屋はもぬけの殻だった。

 妻子は1枚の写真を残して行方不明となっていた。

 その後はアメリカで日本の文学雑誌を片っ端から読み漁った。そして白峰が経済小説家・伊保仙人である事を突き止めた。

 2年後、ベルモットを追って再び日本で活動する事になった時、出版社に侵入して伊保仙人の所在を調べた。

 少し前に休筆していたから驚いたが、住所が残っている事に安堵した。もちろん空振りである可能性も考慮したが、そうなったらまた一から文学雑誌を読んで探すまでだと腹をくくった。

 8年ぶりに妻子と再会して数日も経たないうちに、経済小説家・伊保仙人こと田中白峰とその息子・秀也は北岳で登山中に滑落して死亡した。

 今の妻子は雪村姓だ。自身の協力者として登録する時、白峰は自らを〔内縁の妻〕とした。半年後に入籍できると宣言した彼女だ、もう断りもなくいなくなる事はないはずだ。

(“死ぬ”のは最後だとも言ってたしな…)

 懐からキーケースを出し、玄関を解錠する。扉を開けて帰宅する。鍵をかけて靴を脱いだ。

「…」

 室内は暗かった。当たり前だ。午前2時を過ぎて起きているはずがない。

 それでも子供部屋の奥で秀也がぐっすりと眠っている気配がした。いなくなっていない事に心の底から安心する。

(帰って来れたんだな…)

 ライフルバッグを自室に置いて、秀也の部屋に侵入する。
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