一ノ章


□波乱の始まり
1ページ/7ページ

隆徳女帝が建国し、300年が経った燈国。そして王都・龍陽の隣に位置する、央州という場所に、この物語の主人公となる女性がいた。彼女の名は鄭瑛。中級文官の兄と、病弱な母と共に暮らしていた。しかし、そんな彼女の運命を変える出来事がもう、すぐそこまで迫っていた。

ーその日の夜

「母上、今日の夕餉は如何でしたか?」

「とても美味でしたよ。日に日に腕を上げていますね。これからもその調子で日々精進なさい。」

「はい、母上!今日も兄上は宮殿に残っておられるのですね。兄上にもこの夕餉を召し上がっていただきたかったです。」

そうして、いつもの様に2人は夕餉を済ませ、鄭瑛は、自分と母の明日の朝の準備をしていた時のこと。聞こえるか否かといった微妙な声が外から微かに聞こえてきたのだ。しかし最初は空耳だと思っていたが、徐々に近づいてくる声で、ただ事では無いと察知し、そっと戸を開け外を見た。すると向こうから、おぼつかない足取りの1人を、3人がかりで抱えながらやって来るのが見えた。そして、鄭瑛の家の前まで来たところで突然止まると、鄭瑛達にしか聞こえない声で、

「誰か居らぬか?誰か…。怪我をした方が居られるのだ…。誰か出てきてくれぬか?」

そう叫んだのだ。それもそのはず、ここまで来る道のりに、人のいる家が無いのである。それは皆、王都に職を求めて出て行ったからだ。正義感が背中を押し、鄭瑛は部屋から飛び出すと、その人達の元へ駆け寄った。見ると、中央の抱え込まれている人物の腕や脚の布は破れ、そこから血が滴っていたのだ。事の重大さが徐々に分かってきたところで、部下と思しき人が鄭瑛の前に歩み出て、

「どうか今宵、そなたの家でこの方を匿って差し上げて欲しい。出来るか?」

「え、えと…どなたですか?」

「それは聞いてはならない。ただ
、都の治安を守る武官とだけ言っておこう。」

「は、はい…。では、こちらへどうぞ。家の者に知らせて参ります。」

〜母・劉夫人の部屋〜

「母上!外に怪我をされた武官様がいらっしゃいます!今宵だけ泊めても良いですか?」

「怪我をされているのなら仕方がありません。お泊めしてもいいでしょう。それよりも治療を急ぎなさい。」

「はい、母上。」

〜兄・鄭善の部屋〜

そうして、支えられながらふらつく足で鄭瑛の兄の部屋へ入った謎の、武官と名乗る人は、ふうっと
息を吐いた。素早く鄭瑛は彼の腕や脚の布を破り患部を見る。

「怪我の具合は…さほど傷は深くありません。こまめに薬を塗って、布や包帯を変えていれば良くなるでしょう。」

「そうなのか?」

「はい。」

「何故そのようなことがわかる?」

「昔、亡くなった父からそういうことをよく教わったのです。」

「そうだったか。」

「はい。ですが…本当に武官様…なのですか?武官様にしてはかなり傷を負っておられるようですけど…?」

「そ、それは…相手がとても強くて、私の武官も太刀打ちできぬような腕の持ち主だったからであろう。」

「そ、そうなのですか…。」

明らかに動揺している様だったが、それが何故か分からない鄭瑛は首を傾げるしか無かった。
その夜は、謎の武官の横について過ごした。そして夜が明けきらないうちにその謎の武官と部下達は馬に乗って宮殿へと出立していった。鄭瑛は昨夜のことが気になっていたが、確かめる術も無い為、見送りが終わると、その考えを諦めて家の中に入っていった。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ