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□C.O.S.M.O.S.〜秋桜〜/土方
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うつらうつら夢の淵から落ちかけた頃、遠慮がちに玄関の戸を叩く音が聞こえた。
急いで起き上がり鏡を覗き込む。
髪を撫でて軽く整え、上衣を羽織る。
だが玄関を開けるも誰の姿も無い。
思わず裸足のまま通りにでると、探している後ろ姿があった。

「とう……っ、十四郎さんっ。」

アキの声に気付き、振り返った土方の目が優しく細められる。
そのまま駆け出して愛おしい男の胸に飛びつけば慌てて受け止めてくれた。
煙草の火が落ちてはいないかと気遣ってくれる優しい人。

「起きてたのか。」

着流しの背後をギュッと掴み、胸に顔を埋めたままアキが小さく頷く。
そんなアキを片腕で抱き返し、咥えた煙草を口から放し煙を吐く。
土方はふと足元を見てアキが裸足でいることに気づいた。

「おい。
草履ぐれぇ履いてこいよ。」

草履も履かず、そんな姿で自分を追いかけて来たんだと思えば愛おしさが募る。
ほら、と着流しを握ったままの手を離すようアキの頭を撫でる。
アキは名残惜しそうに手を離し、土方を見上げた。

「だって……。」

そう言って視線を地面に落としたアキを土方は、また愛おしいと思った。

「乗れ。」

土方は短くそう言うと、しゃがんで背を向けた。
そっとその背中に身体を預けると、そのまま背負って歩いてくれる。
首元から土方の横顔を見つめ、このまま永遠に家になど着かなければいいと願った。


真選組副長、土方十四郎。

真選組に命を捧げ、幾人もの隊士が地に倒れし時も局長近藤を守る最後の男。
そんな彼を愛し、ただ待つことしかできないまま……。
どのくらいの時間が過ぎただろう。
彼の立場上、二人の関係は公にしていない。
たとえ彼が戦場でその命を散らそうと、自分に知らせがくることはない。

辛くはないかと問われれば、辛い。
一度だけアキは「私だけの十四郎さんじゃないのが辛い」と土方の前で泣いたことがあった。
その時、彼は酷く辛そうな顔をして黙って抱き締めてくれた。
だから……。
彼も辛いのだと、自分だけではないのだと、そう信じていようと決めた。
それ以来、アキが土方の前で泣くことはなかった。


だが先日、その近藤が将軍茂茂衛護失敗の責務により、捕らえられたことが江戸中に知らされた。
真選組も解散、局長近藤勲は斬首と。

もう会えないのではないかと思っていた。
彼にとっての真選組は、近藤は、きっと自分などより遥かに大切なものだと理解している。
その近藤が捕えられたのだ。
もしかしたら彼は、もうこの世にはいないのではないかと、そんな不吉なことさえ考えていた。

だが。

土方は生きていてくれた。
少し痩せたように見えた土方がアキの元に現れた時、彼は御用聞きになっていた。
それが彼なりの近藤の意思を継ぎ江戸を守る方法だったんだろう。
近藤に忠義を尽くす……。
彼らしいと思った。

ただそこに
真選組副長、土方十四郎の姿だけが無かった。

それが今日は違ったように感じた。
でもまだ何かを決め兼ねてるような、そんな気がした。


(最後まで、涙はみせずにいなくては)


貴方が何かを決めたのなら
それを聞くのが私の務めでございますね。
それが……真選組の、土方十四郎を愛した私の務め。



「お別れでも、しに来たんですか?」
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