遥か彼方のイーリアスを探して


□Act:7 戦いの火蓋は切られた
1ページ/8ページ

「話の早い女性は魅力的よ、当てて見せるわ。貴方、とても「おもて」になるのではなくて?」
「あっ、全然。そう言うのは元々興味ないんで‥‥‥」

 つゆりが首を横に振りつつ一言、そう言えば隣にいた立香が驚いた声を上げた。つゆりが怪訝そうな表情で「‥‥‥何よ」、と言えば「ううん、意外だなって。つゆりちゃん綺麗だし」、といつものどこか安心するような笑顔を浮かべた彼女を余所目にしながら「‥あっそ」、とぶっきらぼうな返事をする。その類の褒め言葉は、もう何度も聞いてしまった。

「まあ!それは勿体ないわ、つゆり」

 ‥‥‥‥あからさまに嫌な予感しかしなかった。このままではこの二人にもみくちゃにされかねない。それは少しごめんだ。つゆりは若干引き気味になりながら、近くにいたマシュに視線で助けを求める。マシュは一つ、軽い咳払いをしてから「‥‥‥マリーさん、先輩。話をしていいでしょうか?」、と話を持ち掛ける。
 つゆりは彼女に心の中でありったけの礼をしながら、次の目的地についての話を聞くのだった。

 次の目的は森にある龍脈を探し当て、そこを今回の特異点攻略の際の拠点とすることだった。拠点さえあればこれからの攻略の難易度が現時点よりかはマシになる。マリーやアマデウスの他にもいるであろう「抑止力」として召喚されたサーヴァント―――はぐれサーヴァントを見つけ、仲間に引き入れ、戦力を増加させつつ竜の魔女の陣営と対等に戦えるような状態にするまでが「シナリオ」だ。
 だがきっと、その「シナリオ」が必ず上手くいくという保証はどこにもない。ここでは常識が通用しない、と言うのは痛いほど分かった。きっとどこかで予想外の出来事が起こるのは分かり切っていた。敵も味方も、何をしでかすのか分からないパンドラの箱のようだ。こうなってしまえば開けなければいけないだけの話だろうが、そうもいかない。

 霊脈が存在する森に到着し、霊脈に群がる敵を殲滅する。デミ・サーヴァントであるマシュも含め、サーヴァントが五騎もいれば特に苦戦することなく戦闘を進めることが出来た。つゆりを除いては、だが。彼女は先程から考え事をしているのか、アキレウスが何度声を掛けてもつゆりは返事一つ返さない。彼女がアキレウスの声にやっと反応を示したのは、戦闘が終了してから数分経ったところだ。

「‥‥アンタ、さっきから上の空だぞ」
「仕方ないでしょ。アンタは英雄だから戦場慣れしているんでしょうけど、私は一般人だもの。何かしら思うことだってあるわ」
「‥自分が死ぬかもしれない、とかか?」

 この男は妙な所で的を的確にいる発言をする。変に隠し事をした所で、後々面倒事になってしまうのは分かり切っていた。その為、つゆりは「えぇ。そう、私はまだ死にたくなんてないから」、と彼女にしては珍しく、本音を語った。

「‥アンタ、まさかとは思うが。この俺がマスターであるアンタを守れずに死ぬ、なんて思ってるのか?」
「‥‥全然。貴方、言ったものね。「アンタは俺が守る、アンタは前だけ見てろ」って」
「‥なんか改めて聞くとむず痒いな」

 彼にしては珍しく、目線を逸らしながら頬を掻いていた。そんなアキレウスの仕草につゆりは思わず笑いを零してしまう。

「ギリシャ神話の大英雄とは思えない台詞ね」
「なっ、別にいいだろ」

 アキレウスがそう言っても、つゆりは声は小さいながらも笑うばかり。ふと彼女と契約し、今に至るまでの経緯を振り返れば、彼女がごく普通に笑っている姿を始めて見たような気がする。

 ―――普段からそう笑ってれば、尚更いい女なんだがな。

 つゆりを見つめながら、アキレウスはそう感じる。確か、日本とロシアの混血だったか。同じ日本人である立香はまだどこか幼さを感じさせるような顔立ちだったが、彼女のそれはまた違った整い、大人びたものだった。顔はいいのだ、顔は。彼女の批評を並べようとすれば当の本人が「‥‥うん、そうね」、と同調するような返事を返す。

「貴方がそう言うんだもの。きっと大丈夫よね」

 ‥‥‥これは仲が進展した、と捉えてもいいのだろうか。勿論、恋愛的な意味ではなく、信頼されている、と言う意味合いでだが。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ