遥か彼方のイーリアスを探して


□Act:6 事実は小説よりも奇なり
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「ねえ。聞いてる?」

 今日何度目か分からない問いかけをアキレウスに投げかけた。かといっても、返ってくるのは『あぁ』だの『おう』という何ともまあ曖昧な返事ばかり。苛立ちを所々で見せていたつゆりであったが、ついにそれも限界点に到達しようとしていた。

「いい加減にしてよ」

 チッ。苛立ったつゆりは小さく舌打ちを鳴らした。先程からあの二人はこの有様であり、行動を共にする立香とマシュは不安で仕方なかった。
 道中、兵士が自分達を誤解して襲い掛かって来たものの、難なく追い払うことが出来た。だが、それは相手が人間だったから出来たことであり、このコンディションではサーヴァントとの戦闘の際に間違いなく足を引っ張ってしまう。その時までに何とかしてもらわなければ―――立香が二人に声を掛けようとした瞬間だ。

「あー‥‥‥やっぱりか」
「何が“やっぱり”なのよ。人の話聞かないで」

 つゆりがそう愚痴ると、砦には―――

「‥‥‥赤のライダー」

 アキレウスのことを差しているのだろう。金髪の女がそこにはいた。彼が言っていた『やっぱり』の正体はきっとこの女を差していたのか。つゆりは納得したような表情を見せた。立香達も同じようで、疑問が晴れたような様子だ。
 『あれ、アンタの知り合い?』、アキレウスに聞くと『昔のな』、と返って来た。『昔って?生前?』、再び疑問を投げかけると返って来たのは彼の低い声ではなく、今まで黙りこくっていた女の声だった。

「‥聖杯戦争の、ですね。あの時は敵対していましたが」

 『ねぇ』、一言。アキレウスを呼ぶ。彼は心なしか冷や汗を掻いている様子だったがお構いなしにつゆりは本日二度目のにこやかな表情を見せた。彼女の端正な顔立ちから発せられる表情を見たものはきっと喜ぶことだろう。この男、アキレウスを除いては。

「私、聞いてないわよ」

 その表情とは裏腹に発せられたのはどす黒いものだった。つゆりの表情は徐々にひきつっていく。『‥‥いや』、アキレウスが理由を発しようとした。それにかぶれてつゆりはこう言い捨てた。

「頼りないから、言わなかった訳」
「そう言う訳じゃねぇよ。まさかこんな場所で会うとは思わなかっただけさ」

 つゆりは興味無さげに『あっそ』、とそっけない返事を返した。いつの間にかその顔からはにこやかさが跡形もなく消え去っていた。この女にとってはいつものことだ。アキレウスも特に気に留めはしなかった。

「‥‥‥あの、話をしてもいいでしょうか?」

 女の話を途中で遮らせてしまったようでつゆりはワンテンポ置いてから『すいません』とぶっきらぼうに返した。あの女にとって、自分の第一印象は決していいものではないのだろう。そんなことはつゆりにとってどうでもいい物であった。

 女の名前はジャンヌ・ダルク。かの有名な聖女だった。クラスは裁定者の名を冠するルーラー。だがしかし、彼女は万全の状態ではなくそれどころか弱体化をしている様子だった。
 かつてルーマニアで行われた聖杯戦争で彼と対面したらしく、戦いはしなかったものの、アキレウスがよほどの武人であることは分かっていたようだ。
 さらに話を聞けば、もう一人のジャンヌ・ダルク‥‥ジャンヌ・オルタがこの特異点に深くかかわっているようだった。恐らく、彼女の手には聖杯がある。そうと決まれば―――
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