幼き花の誉れ 誉れの花の章
□1章 邪竜百年戦争 オルレアン
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「そんな―――貴方は、いや‥‥‥お前は!!逃げろ、“魔女”が出たぞ!!」
フランス兵の一人が声を荒げながら他の兵士達にもそれを伝えようとする、瞬く間に周囲は動揺する者、悲鳴を上げる者、言われるがまま逃げようとする者―――まさに、阿鼻叫喚、という奴だった。
「―――なあ、大将。あいつら、一度死ぬほど痛い目見ねぇと分かんねぇみてぇだな」
“魔女”―――やっぱり。ミシェはこの瞬間、確信を得た。
薄々予感はしていた。歴史上、白き御旗を持った女と言えば“彼女”ぐらいだろう。そして年代は“彼女”の没年からそう経ってはいないことだろう。
「‥‥だから私「突然の武力行使はやめてください」、って言いましたよね。先程ただでさえ大惨事だったんですから。せめて事前に「戦う」の一言ぐらいください」
―――いやいやいや、ツッコミどころはそこかよ。
立香は思わずツッコみたい衝動に駆られる。が、それはギリギリのところで喉にとどまった。余計なことに口を出してしまえばあの従者に何を言われることか、何をされるかたまったものじゃない。命が何個あっても足りない。
こちとら特異点で生きるのも精いっぱいなんだぞ!という言葉も、静かに飲み込んだ。
表情にはあまり出ていないが、声のトーンが不機嫌だった。嫌な予感、と言う程ではないがあぁ、こりゃ面倒事になりそうだな、と確信したアサシンは「おっと、悪いな」といつも通りの笑みを見せる。それで満足‥したのかミシェは「いえ、分かってくれればいいんです」とこちらも少しだけ穏やかな声のトーンに切り替わった。
―――――――――――
「あの、先程の答えをお聞きしたいのですが」
魔女、と呼ばれた女にそう声を掛けた。もちろん兵士たちのことはお構いなしに、だ。彼女が魔女とは程遠い存在だとはわかり切っている。
「‥‥そう言えば、紹介がまだでしたね」
少しだけ、自分と同じ色の髪が眩しかった。
「ルーラー。私のクラスは、ルーラーです」
「ルー、ラー」
剣士でも、魔術師の一種でもない。聞き慣れないクラスだった。思わず言葉を覚えたばかりのようなオウム返しをしてしまう。
「聞き慣れないのも無理はないでしょう。そして、貴方が予想した通り私の真名は―――ジャンヌ。ジャンヌ・ダルクです」
やっと、彼女の真名が聞けた。
別称「オルレアンの乙女」。フランス史に名を刻んだかの有名な聖女の名だ。
「‥‥でも、ジャンヌ‥さんって死んだんじゃ‥‥って痛い痛い痛い!!」
「‥アンタには配慮ってもんがないの」
呆れた、と言わんばかりの溜息を零しながら盛大に立香の右足を踏みつける。彼女と自分では体型に幾分か差があるのにも関わらず、痛みは予想を遥かに超えていた。彼女の履いていた靴がヒールのあるものだったらどうなっていたことか‥あまり考えないことにした。
「いえ、大丈夫ですよ。私が死んでしまったのは事実ですし‥別の場所でお話ししましょうか‥‥‥彼らの前で話すことでもありませんから」