幼き花の誉れ 誉れの花の章


□1章 邪竜百年戦争 オルレアン
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 撤退をした兵士を追いかけていると、そこには衝撃の光景が広がっていた。


「‥‥酷い」


 ミシェのか細い声が、聞こえた。彼女の言う通り、目の前にそびえる砦は酷い有り様であり、それはもはや砦とは呼べないものだった。

 負傷兵や外壁の傷を見ると、まだ真新しいのが伺える。それを見つめていたマシュは考えるようなしぐさを浮かべていた。‥‥‥おかしい、おかしいのだ。自分の知識が正しければこの時代には戦争などなかったはずだ。まさか、これも特異点の影響なのだろうか?


「まあ、なんだ。冷戦って奴なのかねぇ」

「そうですね。条約さえ、無かったら今頃――――」


 ミシェは少し、物悲しそうな表情をした。次に口から出るであろう言葉を飲み込みながら、辺りにいる負傷兵達を見つめていた。表情は、変わらないままだった。

 そんな彼女を見たアサシンはそっと彼女の隣に立った。


「ま、気楽に行こうぜ? 大将(マスター)


 そう言いつつ、アサシンは優しくミシェ小さな頭を撫でた。その感覚がなんだかくすぐったかったが、今はそんな場合ではない。彼なりの気遣いであることは明白であるが「ごめんなさい、アサシン。そろそろ‥‥」とやんわりとした言葉遣いで苦笑いをしつつ、彼の大きな手に触れた。その体温はとても温かく、少しだけ名残惜しかった。アサシンはいつもと変わらず屈託のない笑顔で「おっと、悪いねぇ」と言いながら手を退いた。


 立香はこちら側に気づいたフランス兵を見つけ、早速声を掛けた‥‥が、その反応は立香の期待とは正反対のものだった。怯えていたのだ。

 ‥‥それもそうだろう。正直味方側の自分でさえも少しおっかない。原因は―――言わずもがな、という奴だ。絶対にあの二人だ。それ以外ありえない。

 まず、主を侮辱された瞬間に悪鬼羅刹(流石に言いすぎか)の如く殴りかかってくる暗殺者の英霊。因みにこの際の表情はいつもの人懐っこい笑顔とはやはり逆のものでマスターであるミシェには絶対に向けないような一種の狂気じみた表情を浮かべていた。

 ‥‥アレはできることならもう思い出したくないが、これからはそう言った場面と出くわすことだろう。


 それで、お次は自分の隣にいるこの少女。一見金髪の彼女と何ら変わらない外見をしているがそれは嘘だ。正体は可愛らしい愛玩動物の皮を被ったそれはもう獰猛な肉食動物だ。“面倒くさい”、だの“正直この年で魔法少女とか無理があるよね”、などと口走りながらも結局一番乗り気だったのは彼女だと思う。


 そんな凶悪な(主に上記二人)ご一行が自分の目に現れて仲間をあっという間に薙ぎ払ったら―――?最悪だ。本当に最悪だ。


「すいません俺達悪い人じゃないんです!!」


 自分達が無害だと証明する為には、きっと自分かマシュが最適解だろう。

 ミシェは魔女なのではないか、と疑いを掛けられている。そんな彼女がフランス兵に話しかけようと、彼らは異端者の言葉など信じないだろう。それにまだ年端もいかない子どもだ、そんなに無茶はさせられない。

 次に、リクスとアサシン。まだ日が浅い付き合いではあるが、この二人はこういったシチュエーションにおいて一番選んではいけないことだけは立香は良く知っている。

 リクスならば多少まともな会話はできるだろうが、きっと突然に爆弾を投下してくれることだろう、その上クリティカルヒット(地雷)間違いなしだ。

 アサシンもアサシンで会話は成立するがフランス兵の一人が彼のマスターを侮辱するようなことを口にした瞬間全てが水の泡だ。この砦も一瞬で地獄絵図に変化すること間違いなしだろう。

 最後にマシュ。彼女ならばきっと理想的な会話をしてくれることだろう。だがしかし、彼女は年下、つまり後輩だ。その上女子‥‥後輩に行かせる、なんて男として恰好が付かない。


 ここは俺が行かなきゃ、そう思いつつ一歩踏み出したのはいいが―――


 あっ、俺フランス語喋れないどうしよう!!


 当然ながら高校でフランス語どころか母国語以外の言語など勉強したことはない。せいぜいできて拙い英語ぐらいだろう。


 ―――しばらく、辺りに沈黙が走った。


「‥せ、先輩?」

 マシュが恐る恐る心配して、声を掛けた。立香は思わず顔を俯かせてしまい、表情はどんなものか伺えなかった。声は先程のものとは全く違い、覇気がなかった。

「え、えっと、だから‥その‥‥武器を、収めてください‥」

 ‥‥しばらくの沈黙が痛くて、仕方がなかった。そんな時、予想だにしなかった場所から助け船が現れたのである。

「―――何があったのです?」

 あからさまに場違いな、聞き覚えのない、凛とした女の声がした。
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