幼き花の誉れ 誉れの花の章
□1章 邪竜百年戦争 オルレアン
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「お兄さん‥‥大丈夫でしょうか‥‥」
心配そうな瞳を浮かべながらミシェは周囲を見渡していた。立香を助けに行きたいのはやまやまなのだが、状況が状況―――自分の“友人”が現在進行形で目の前の兵士たちを次々と薙ぎ払っていく‥‥いわば、歯止めの効かない状態であった為、マスターであるミシェは下手に動くことすらままならないのだ。
いざとなればマスターの特権である“令呪”を用いて彼を無理やり立香の救援に生かせることも可能であるが、それだけはしてはいけないような気がした。
“令呪”を彼に使ってしまえば、たった一人の、初めての友達に命令をしているようなものだから。
「‥仕方ないなあ、もう!どうにでもなれ!!」
こうなったらやけくそだ、と言わんばかりの勢いでリクスはある1枚のクラスカードを天に向けて投げた。次は慣れたような手つきでマジカルステッキ―――別名、愉快型魔術礼装カレイドアメジストを振り回した。
「―――いくよ」
パシッ、とクラスカードを手に取り、静かに口づけを落とす。その瞬間、彼女の手元にはあの可愛らしいフォルムの杖は消え去り、その代わり金属独特の青白く、冷たい光を放つ二本の日本刀がリクスの両手に握られていた。
「限定展開、セイバー」
先程の面倒くさい、というか恥じらっている、というかあの若干曖昧な仕草をしていた少女リクスの面影はもうどこにもなかった。
彼女の二つの、迷いのない色をした瞳は真っすぐ標的を捉えていた。
「―――いざ尋常に、」
そう一言、告げた、―――刹那。
「勝負ッ!!!」
とてつもない気迫が辺りを包んだ。ほんの一瞬だけ、彼女を見た者達は動きが止まった。
それを見逃す筈がないリクスは瞬く間に目の前の兵士を薙ぎ払い、近くにいた兵士も巻き込まれた。何とか抵抗しようと剣を振り上げようとする次の兵士だったが、その健闘も空しく、無駄のない動きに翻弄され、あっけなく倒れてしまった。
「まだまだッ」
いつもは冷静沈着なリクスではあるが、珍しく表情は戦いを楽しむ戦闘狂のものであった。それがまた一つの恐怖を生んでいるということを、今の彼女が知る筈もなかった。当然だ。何故なら今の彼女がそんな余裕など持ち合わせているわけがないからだ。
無駄のない剣技で次々と兵士を薙ぎ払い、切り捨てていくその姿は鬼神―――否。かの阿修羅そのものだ。そして同時に“歴戦の戦いを潜り抜けて来た剣豪”の姿そのものでもあった。
「‥‥ねぇ。ミシェルちゃん、そっちは終わった?」
「えぇ、ちょうど終わりましたよ。見事な剣さばきでした」
―――これ10代の女の子がする会話じゃないだろ!?
立香は思わずそう訴え(ツッコミ)たかったが、それをしてしまえばなんだか取り返しのつかない事態になると思った為、苦笑いする事しかできなかった(どこぞの冬木の虎がいる道場にお世話になりそうな案件が発生しそうなのはきっと気のせいだろう)。
「それで、一人残したよ。情報聞くんでしょ?」
あの日本刀に血が付いていない、と言うことは全員手加減して戦っていたのだろう。あの時のリクスは戦いを楽しんでいる表情を浮かべていたが、しっかりとあとのことを考えているようだ。
それに対して、アサシン。彼は手加減、という言葉を知らないかのようにその拳を振るっていた。それもそうだろう。マスター以前に、友人を侮辱されて黙っている人間などまずいないのだから。それはきっと、英霊にも当てはまるのだろう。
「――よし、上出来だ!一時はどうなるかと思ったけど結果オーライだね」
通信越しにロマニの声が聞こえ、リクスは変身を解いた。「うん、やっぱりきついものがあるね。何が‥とは言わないけれど」と言いながら軽く腕を回していた。
「‥それで、情報を得ればいいのですね。見たところ―――あっ」
ミシェは傷を負いながらも撤退していく一人の兵士を見つけた。あのままではせっかくの手がかりを見失ってしまう。
「追いかければいいんでしょ。こっそり、ね」
「あのお方には悪いですがそうしましょうか‥ごめんなさい‥」
申し訳ない表情をしながらもミシェ達は歩き出した。
「‥ねぇマシュ」
「どうかしましたか先輩‥‥なんだか顔色が悪いですよ?」
「最近の女の子って強いんだね‥俺、上手くやっていけるかどうか心配だよ‥」
「‥いや、あの二人が特別なだけだと思います‥‥多分‥」