幼き花の誉れ 誉れの花の章


□1章 邪竜百年戦争 オルレアン
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 立香は目の前の光景に思わず息を呑んだ。


 どこまでも続く緑。それに比例した青‥‥状況が状況でなければいつまでもゆっくりしていたくなるような、広々とした草原の風景が飛び込んで来た。


 ―――1431年のフランス、オルレアン。レイシフトは無事に成功したようだ。


 リクスはいつもと全く変わらない様子だったが、それに対してミシェは新鮮な物でも見るような目で周りを見渡していた。きっと、彼女も立香と同じ気持ちなのだろう。


「まずは情報収集から、ですね」


 特異点、というのであればきっと“本来の歴史とは違った相違点”がいくつか存在するはずだ。前回の特異点 冬木であればあの焼け野原やマスターの存在しない聖杯戦争がソレに当たると言っても過言ではないだろう。


 マシュがそう言うとミシェはハッとしたような表情を浮かべたかと思いきや、マシュに少し控えめな声で「少しいいですか」と声を掛けた。


「ダヴィンチさんと連絡を取りたいのですがよろしいでしょうか?」

「通信‥ですか?はい、構いませんよ」


 マシュは特に不審に思うこともなく、カルデアとの連絡を取り始めた。



 ―――一方、その頃。


「告げる―――告げる」


 ある場所で一人、黒衣の少女はただただ、小さな口で言の葉を紡いでいた。


 色素の薄れた髪、瞳、肌がより一層その黒衣を引き立たせる。


 迷いなく、真っすぐに虚空を見つめる。ただ、その瞳には光などとうに差してなどいなかったが。詠唱は佳境を迎えようとしていた。


「―――されど汝はその眼を混沌に曇らせ(はべ)るべし。汝、狂乱の折に囚われし者。我はその鎖を手繰る者―――」


 魔力の塊が、どんどん人の形へとかたどられていく。少女はそれを確認するや否や今まで紡いでいた口を三日月のように歪ませた。それはまるで少女、と言えばいいのか女性、と言えばいいのか‥‥妖艶で、だがどこか恐怖を感じさせる。


「―――汝、三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!!」


 一瞬にして虚空に衝撃が走った。


 ―――来た。来た、来た、来た!!!


狂気的な表情を浮かべた黒衣の少女は現れた6つを見つめる。


「―――よく来ました。我が同胞、我がサーヴァント達よ。私が―――貴方達のマスターです」


 ゆっくり、ゆっくりと歩んだかと思いきや突然少女は歩を止めた。


「貴方達が私に召喚された理由は―――分かりますね?」


 黒衣の少女―――否、黒衣の、“竜の魔女”は己が御旗を翻し、轟々と燃える焔をこれでもかという程にまるで花が散るかのように舞い散らせた。


「破壊と殺戮、それがマスターである私から下す尊命―――オーダーと受け取ってもらって構いません‥‥春を騒ぐ街があるのなら、思うままに破壊なさい。春を歌う村があるのなら、思うままに蹂躙なさい」



 そして―――


「あの女、“あの忌々しい聖女”に!“罰”を与えなさい!!」


 ―――竜の魔女は高笑いを響かせた。



「聖杯戦争、ねぇ」


 リクスはポツリと、ぼやいた。


 今はミシェがダヴィンチちゃんと連絡を取っている真っただ中であり、その為自分や立香は必然的に行動がとれなくなってしまっていた。


 自分の記憶が正しければ、この特異点では多くのことを考えさせられた。
初めての特異点だから、と言う理由もあるが、それ以前に英雄としての生き方を考えさせられた。

 怪物もいた。狩人もいた。王妃も、処刑人も、挙句の果てには東洋の姫君だって。こちらの事情はお構いなしの選り取り見取り、個性豊かな英雄達が、魔術に関して右も左も分からなかったような自分の目の前で火花を散らした。



 ‥‥‥面倒事になんなきゃいいけど。そうだなぁ、火に油を注ぐどころか火打ち石でボン!ってなりかねないからなぁ。このパーティは。



 正義感の塊、とまではいかないけれど、善の心を持った幸運の女神に愛された少年。見かけによらず、鋼の意思を持った盾使いの少女。


 まるで“魔術側”に魅入られたかのような、才能の塊の少女。しかも忠誠心がとんでもない従者兼友人がセットで付いてくる。



 正直な所、イレギュラーは自分などではなく彼らなのではないかと言う錯覚に襲われそうにもなるが、そうではない。自分自身がイレギュラーなのだ。


 物語の結末を隅から隅まで知り尽くした、イレギュラーがそんな簡単にいるだろうか?いいや、きっと答えはNOだろう。たとえどんな状況であろうとも快く頷ける自信がある。
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