幼き花の誉れ 誉れの花の章
□1章 邪竜百年戦争 オルレアン
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結局、ダヴィンチちゃんが放ったあの言葉の意味が分からないままミシェはレイシフトの時間を迎えてしまった。
―――自分にとってのメリットとは?
そもそもミシェル ・アルテミシアという人間―――すなわち自分自身について深く考えたことがなかったミシェにとっては無理難題にも等しいことだった。
「大将?ちゃあんと、聞いてんのか?」
半ば放心状態も当然だったミシェに、アサシンは何度も声を掛けた。彼女がそれに気づいたのは三度目の呼びかけだった。
「―――すいません、少しだけ考え事をしていました。気にしないでください」
―――散々呼び掛けて“少しだけ”だぁ?それはちょーっと苦しい言い訳だぜ?
自分自身の主でありながら、昨日からといいミシェは完全に上の空だ。それに薄っすらではあるものの、“いうことを聞けない主”というのは苦手だ。まるで嫌なことを思い出してしまいそうだからか、それとも何か別の理由があるのか。
―――まあ。理由なんてそんな下らねぇこと、俺には関係ないがね。
自分のことなどどうだっていいのだ。自分は従者だ、主の為というのなら、この身が消えようとも、どうなったって構わない。
―――そうだ、俺は従者だ。
この主、ミシェル ・アルテミシアは自分を“友”などと呼んでくれたが、自分には余りにも重く、似合わない役だ。何故かは分からないが、そんな気がするのだ。
彼女には申し訳のない話だが、今の自分では“友”として、対等な存在として共に生きるのはできない。自分よりももっと的確な存在がいるはずだ。
「―――ったく、しっかりしてくれよぉ大将?」
確かにその通りだ。これから自分達が赴くのは戦場なのだ。それにもかかわらず、こんな調子では陣理修復など夢のまた夢、実現できるはずがない。
自分の友人に少しだけ申し訳ない気持ちを持ちながら、ミシェは一歩、また一歩と歩き出す。彼女の斜め後ろをキープしつつ、アサシンも霊体化していった。
「行きましょう、お兄さん、マシュさん、リクスさん」
その少女の顔は、齢10歳とは思えない大人びた顔立ちだった。
立香はミシェ対してただただ驚きを隠せなかった。これから自分達が行く場所はどんな危険があるのかどうかすらまだ分からない未知の世界も当然なのだ。それなのに、この少女は怯える素振りも、泣く様子も全く見られない。
―――俺が、守らなきゃ。
そうだ。自分の方が彼女より年上だ。それならば自分が彼女を守らなければ。
自分は、きっとこのレイシフトするメンバーの中では一番戦力がない。それは分かり切っている。かといって死にたくない、まだ生きていたい。十分なくらい我儘で、偽善で、エゴイストかもしれない。そりゃあそうだ、自分はついこの間まで平和がごく普通で当たり前の世界でいたのだから、そう思うのも無理はないのだろう。
―――でも、目の前でこんなにも健気に、ひたむきに頑張ってる、年下の子達がいるんだ。俺がやらないでどうするんだ!!
自分がどれだけ吠えたところで、抗った所できっと歴史は変わりやしないだろう。自分はごく普通の家族と暮らして、ごく普通の友人がいて、ごく普通に生きて来た。強いて言うなら、周囲より少しだけ運があるということ位だろうか?
歴史や神話の英雄達のようにはきっとなれない。才能もない、力もない、何もない。決して特別ではないけれど、けれど。
この胸に、この心に、きっと間違いはないはずだから。
改めて見た時空の流れは、まるで自分達を歓迎しているようだった。