幼き花の誉れ 誉れの花の章
□1章 邪竜百年戦争 オルレアン
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「特異点、って言うと」
「‥流石に違うでしょ。全部の特異点が冬木みたいな状態だったら笑えないよ」
リクスがぴしゃりとそう言うと、立香はほんの少し安心した表情を見せた。あの特異点があくまでイレギュラーだっただけ、だと願いたいものだ。
「うん、今回の舞台は1431年のフランス。史実でいけばあの有名な百年戦争の休止期間中だね」
百年戦争。かつて中世フランスで行われたフランス王国の王位継承をめぐるヴァロワ朝フランス王国と、プランタジネット朝およびランカスター朝イングランド王国の戦い‥‥文字通り“百年以上の戦争”が繰り広げられたかの有名な戦争の名である。
「‥百年戦争、か」
いつだったか、世界史の授業で世界史の教師がそれについて話していたのを立香は思い出した。確か、その時代は聖女と呼ばれたジャンヌ・ダルクがいたとかなんとか。あの時は「テストには必要ないだろう」と適当に聞き流していたが、今になって後悔してしまう。
「でも休止期間が舞台だったのは助かりましたね。戦争が繰り広げられていたら特異点攻略の難易度も上がる筈でしたから」
考える仕草をしながらミシェがそう言った。確かにそうだ、戦争中ならそれを考慮しつつ攻略に徹しないといけない‥‥が。仮にも冷戦状態、という奴でありあの独特なピリピリとした張り詰めた空気の中ということに変わりはないのだが。
「あぁ、そうだミシェルちゃん。特異点に到着したら、ちょっといいかい?」
そして、数時間後。ミシェはかの有名な芸術家―――レオナルド・ダ・ヴィンチこと、ダヴィンチちゃんに呼ばれていた。
「‥‥‥?問題ありませんけど、どうしたんですか?」
「ちょっとね。君にとって大きなメリットになる筈だよ、君の旅路に幸運があらんことを」
大きなメリット。その言葉と彼女の意味深な行動に疑問を抱きつつ、ミシェルは着々と準備を始める。
その大きなメリットは、彼女のみぞ知る。
「オルレアンねぇ」
リクスは一人、クラスカードを並べていた。
今回なら、セイバーかアサシン辺りでどうにかなるだろう‥‥予想外の出来事が発生したらバーサーカーもいる。何の問題もない。
乱戦となるであろう今回の特異点にこの二つが一番便利だと思われる。
あの時は自分の身一つ、という訳ではなく、彼らが共にいた。だが今回は状況が違う、自分が何とかしなければいけないのだ。そうともくれば慎重に行動をとらなければいけない。
「まあ、負ける気なんてさらさらないからいいんだけど」
そう言って静かにニヒルな笑みを浮かべ、クラスカードを一枚、そっと手に取った。
今思えば、沢山の思い出が出来た。
最初は“退屈で仕方ないからそれなりに飽きないから”、“少しだけ神話や歴史に興味があったから”カルデアに来訪したようなものだ。
でも、彼女の淡い期待は簡単に裏切られてしまった。もちろん悪い意味ではない、いい意味で、だ。
かの有名な英雄に出会えた。しかも数々の物語を、歴史を紡いできた個性豊かな英雄達が、自分と共に戦ってくれた。それだけじゃない、沢山のことを教えてくれた。沢山の思い出も作れた。
―――嬉しかった、のだろうか。
それからは、特異点に行くのがとても楽しくなった。時にはとても悲しいことだってあった。泣きたい時も、辛い時もあった。皆、「人理修復を辞めていいんだよ」とは言ってはくれなかったけれど、どうしようもない時は苦しい思いを受け止めてくれた。
気付けば彼らを、彼らが大好きになった。
だから、別れの時なんて来てほしくはないけれど。
「―――でも、いつかは、来るんだよね」
その日が柄にもなく、怖いけれど。
「だから私は、」
死にたくない、負けたくない。
あまりにも人間臭いけれども、それはそれでいいじゃないか。
―――今回も、私に力を貸してね。皆。