幼き花の誉れ 誉れの花の章
□序章 炎上汚染都市 冬木
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立香は、思わず息を呑んだ。
まるで今までのことは夢か何かだったかのような錯覚に襲われそうになってしまう。先程、この場に突如現れた“彼女”はというとこちらのことはお構いなし、とでもいうように慣れた手つきで紅い槍を振り回して「よろしくね」、と優しい声音で得物に微笑んでいた。
「―――最初の内は、「まあ何にも収穫が無かったらさっさと帰ろうかな?」なんて思ってたけど、これって大チャンスだよね」
身の丈は子ども、分かりやすく言えば自分を「お兄さん」と呼んでいたあの少女と同じくらいだろうか。そんな少女が妖艶な笑みを浮かべていた‥‥生憎立香には“そんな趣味”など持ち合わせてはいないが。
「‥あっという間に終わらせちゃおうかな。“あの人を二度も助けられなかったのはちょっと残念”だけど」
その言葉に立香は疑問を抱いた。あの人、というのはこの少女が来る前に“死んでしまった”オルガマリーのことを指しているのだろう。
こちらのことは全く見向きもしないまま、物事は淡々と進んでいくばかりだ。
「‥‥なるほど、これはまた面白い‥いや、邪魔なイレギュラーが来たものだ」
「‥はっ、こっちだって好きで来たわけじゃないんだけど」
一言、悪態をついたと思いきや少女は軽やかに大地を蹴りだした。思わず自分の目を疑ってしまうものの、頬を抓っても、何も起こることはなかった。
「ふざけるのも、」
勢いよく槍が、男―――レフに向かっていこうとしている。この期に及んで彼はいかにも余裕そうな表情を浮かべていた。それが気に食わなかったのか少女はこれでもかという程に不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「いい加減にっ、」
喉笛を引きちぎらんとする勢いだ。まるでこの状況に介入した時とは全く別人のように思えてしまう‥‥というのはこの時までだった。
「しろぉッ!!!」
紅い槍は一陣の風のように、地面を抉りぬいていく。そしてあたかも“意思があるかのように”標的へと向かっていく。
―――ソレはレフの方には向かうことなどなかった、思わず面食らった表情を覗かせる男としてやったり、と言わんばかりの意地の悪い笑みを浮かべる少女。
向かっていったのは、手傷を負ったセイバーのサーヴァントだ。最初から彼女はこちらの方に狙いを定めていたのである。
「‥嘘だろ」
瞬く間に起こった出来事に全く追いつけなかった立香の口から言葉が漏れたのは、数分後のことである。
「‥‥あ、れ。わた、し‥」
次に目が覚めたのは、真っ白な天井だった。ミシェは少しずつ、少しずつ目覚めたばかりの頭を回転させようとしていた。
「おはようさん、大将。ぐっすり眠れたかい?」
「あさ、しん」
先程とは一変、目の前には自分の英霊がいた。あぁ、そうだ。自分はこのアサシンのサーヴァントと契約を交わしたんだ。
そして、あの悪夢から目が覚めたばかりのミシェは恐怖感が残っていた。夢に出て来たアレが、いつやってきて自分を責めるのか、怖くて仕方がなかった。
「‥話を、聞いてくれませんか?」
アサシンは人懐っこい笑みを浮かべながら「いいよぉ、マスターがお望みならいくらでも聞いてやるよぉ」と頭を撫でた。それがなんだかくすぐったくて、思わず少しだけ笑みが零れた。
「夢を見たんです。私が、ついこの間まで暮らしていた屋敷にいて、とても懐かしくてとても怖い夢でした」
あの夢の中で聞こえた声を、あの声の一つ一つを忘れることが出来なかった。
「あの子達は最後に一言だけ、私にこう言いました。「どうしてみすてたの」、と。私は、あの子達を助けてあげられなかった。友達になれたかもしれないのに」
怖くて、死ぬことが怖くて、生きるのに必死で、あの時の自分はあの子ども達の助けを求める声も、腕も、振り払っていた。
最低だ、私は、最低な人間だ。
「ねぇ、アサシン」
翡翠の瞳は、潤んでいた。
「あなたは、こんな最低な私の、友達になってくれますか?」
若草色の瞳は、静かに歪んだ。
「‥‥‥いいよぉ」
この瞳が歪んだ意味は、きっと“今の”ミシェには分かる筈はないだろう。