幼き花の誉れ 誉れの花の章
□序章 炎上汚染都市 冬木
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シリアスな空気に不釣り合いなくしゃみが聞こえた。今は戦闘の真っただ中だという状況下にも拘らずこの少年、藤丸 立香は緊張感が全くないかのような素振りを見せる。
‥というのは、半分は冗談、残った半分は真実だ。
正直なところ今まで彼は戦争などという物騒極まりない物事とは全く関りのない男子高校生だった。“たまたま”部活もない休日に友人と遊びに行った場所でその場のノリでその日“偶然”開催されていた献血イベントに参加しただけなのだ。それで“偶然にも”立香はマスター候補として十分な素質があることが発覚した。分かりやすく例えるならば“街中を歩いていてモデルとしてスカウト”された、とでも言えばいいのだろうか。
この少年は運がいい。そう、偶然に偶然が重なって今ここにいるようなものなのだ。ここまで一度でも選択肢を間違えてしまえばこの場所に立ち会うことはなかっただろう。
「‥風邪引いたかな」
‥と、これはまたシチュエーションに似合わないセリフを言っている。
今現在の状況がどんなものかというと、一冊の本に例えるならば「起承転結」で言う所の「転」の部分だろうか。本のページも残すところ半分を切った、と思いきや予想だにしていなかった展開が発生してしまった、というところである。
一行は現在、この特異点の奥地へと足を踏み入れている真っただ中だ。先程強敵であるアーチャーのサーヴァントとの死闘に勝利したばかりではあるが、特異点の聖杯によって呼ばれたキャスターのサーヴァント曰く「奥にはもっと強い奴がいる」とのことだったが、立香はこの時油断していたのだ。
‥‥「皆とならきっと大丈夫」だと、思っていたのだ。
一瞬のうちに場面は一転した。
先程まで隣にいたはずのオルガマリーは目の前に立ちはだかる敵に驚きを隠せない、とでもいうような、絶望に近い表情を浮かべていた。自分の後輩に位置するマシュもオルガマリー程ではないものの、驚いた表情を浮かべている。
立香もその一人であり、彼が先程起こった破壊工作の犯人だとは思えなかった。会話したのは一度きりだったものの、人柄の良さそうな人物だと感じていたがどうやらアレは演技だったようだ。
「何が、大丈夫だよ」
立香は半ば諦めていた。カルデアで待っていてくれるロマニやあの少女には申し訳ないが、どうやら自分はここまでのようだ。
「無理に決まってる、こんなの。できる訳ない」
どうやら走馬灯、というのは本当に存在するようだ。自分の目の前には敵を移すことなく、今までの17年程度の記憶がフラッシュバックで蘇ってくるばかりだ。
「あーあ。最期の最期位、かっこよくなりたかったな」
立香は思わず先程見たばかりの“空”を仰いだ。
俺はきっと、後数分で殺されるのだろう‥‥皆は、許してくれるだろうか。
‥え、と思わず声を出してしまった。
どうして俺は、“洞窟の中で空なんて見ているんだろう”?
「―――邪魔ッ!!!」
―――空から少女の声が聞こえた。
それはきっと、本来ならあり得ないはずだろう。
藤丸 立香という人間は神に見捨てられてなどいなかった、そう、これも“偶然”の一つだ。
その少女は紫色のそれは可愛らしい衣装を身に纏っていた。まるでアニメにでも出てきそうな―――そう、一言で表すのなら“魔法少女”だ。そして手には決めつけの魔法のステッキが‥‥‥
握られていなかった。その代わり魔法少女に似合わない、どころか身の丈にすら似合わない、一つの真紅の槍が小さな手に握られていた。
「‥やっぱり、あいつらはいると思ったけど。これは計算外って奴かな」
「‥誰だ、君は?」
目の前にいた敵は、いまだ余裕そうな笑みを浮かべていた、が少女も負けず劣らず、ニヒルな笑みを浮かべてみせた。
「まあ。迷子って言えばいいかな?」
少年の運命は、この少女の介入によって此処で大きく変わることとなる。