幼き花の誉れ 誉れの花の章
□序章 炎上汚染都市 冬木
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夢を見た。なんだか曖昧でふわふわとした感覚が何だか心地いい。
この景色には見覚えがあった、自分がついこの間まで暮らしていたアルテミシアの屋敷だ。どうしてかは分からないが久々に帰って来た気がした。だが正直なところを言えばこの場所には帰りたくなどなかった。
とても、とても懐かしい風景ばかりだった。
確かあの図書館で魔導書を読んだな、とか、自分よりも年下の子ども達がよく探検していたなとか、ありきたりな日常風景そのものだった―――ある一部分を除いては。
使用人がある子どもの部屋をノックした。ミシェはこの行為が何を表すのか理解できていた。
―――例えるのならば、一種の死の宣告だろうか。
あの義理の父は才能ばかりを追い求めていた、それは幼いミシェでも十分理解可能であり、当時は彼を憐れむかのような目で見つめていた。
何も知らない子どもは部屋から出て来た。あの子は確か、自分が7歳ごろにやって来た同い年の子だっただろうか。
純粋な瞳がとても眩しくて思わず胸が苦しくなった。おかしいな、此処は夢の中のはずなのに。場面は一瞬にして移り変わった。
思わず、目を逸らした。いや、逸らすことしかできなかった。
今度は耳を塞いだ。力いっぱいに、耳を塞ぐことしかできなかった。
ただでさえ小さな体を縮ませて現実から逃げた。
そうでもしなければ、目の前には残酷な景色があるから。
そうでもしなければ、耳をつんざくようなナニカの叫びが聞こえるから。
そうでもしなければ、ミシェは正気を保つことが出来なかったから。
いや、嫌、イヤ。こないで、来ないで。
そう念じながら静かに目を開いた。あぁ、よかった。もう何もかも終わってしまったのか。目の前にあるのは、赤い、赤い水たまりだった。夢の中のはずなのにも関わらず、息苦しかった。
その刹那。
「おねえちゃんはどうしてぼくたちを、わたしたちをみすてたの?」
子供たちの、声が聞こえたような気がした。
「‥‥最悪」
少女はあからさまに不機嫌な表情を浮かべながら焼け野原を歩いていた。
今日は何から何まで最悪だ。
いつもならしっかりで起きられるはずの時間だったのに、今日に限って目覚まし時計をセットし忘れた。
今日は修練場に行ったのに、肝心のメンバーを間違えてしまった、そのことでサーヴァント達にどれだけ心配させられたことだろうか。それに加えて指示のミスが何度もあった。
「折角のカッコがつかないなあ」
今日はとても大事な日になる筈だったのに。
決めつけはレイシフト失敗である。
予定ならもっと“遠くの場所”に行けるはずだったのに、どうしてこんな“始まりの場所”―――“スタート地点”に投げ出されるのだろう。
ふと、去年訪れたとある特異点を思い出した。
チェイテ城にピラミッドが建ったあのカオスな特異点にまさに似ているのだ。あるセイバーに「すまない‥‥すまない‥‥」と言われながらスタート地点に送られてしまい怒るにも怒れなかったあの状況を思い出す。
「‥来年のハロウィンはどうなるんだろうなあ」
焼け野原には不似合いなスキップを踏みながら少女はある場所へと一歩一歩進んでいく。