幼き花の誉れ 誉れの花の章


□序章 炎上汚染都市 冬木
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 召喚事故。聖杯戦争で召喚されたサーヴァントに“不具合”が生じる、という現象は滅多にありえない。例としては生前の記憶、並びに真名の欠如。ステータス、クラスの“バグ”と言ったものがある。原因としてふさわしいのは召喚者―――つまりはマスター、聖遺物、術式のミス、詠唱のミス、理由はまちまちである。


 だが今回のケースは異常だった。カルデアにはサーヴァントの召喚をする際に必要不可欠なシステム≪守護英霊召喚システム・フェイト≫を用いる。だがしかし、今回は訳が違った。

 ―――そのシステムを用いることなく、英霊の召喚に成功したのだ。つまりは聖杯戦争にてマスターがサーヴァントを召喚するそれに近いと言っても過言ではない。だが、今度はつじつまが合わないのだ。

 聖杯。聖杯戦争におけるサーヴァント達は聖杯によって“こちら側”に招かれると言ってもおかしくないのだ。現時点のカルデアには聖杯は存在しない。


ならば、どうして。
どうしてこの少女は術式も使うことなく召喚が出来たのだろうか?


「‥‥妙な偶然だね」


 ロマニはポツリ、と口にした。こんな“例外の中の例外”、イレギュラーな召喚を今まで見たことがない。現にカルデアは三体のサーヴァントの召喚に成功した。だがそれは≪守護英霊召喚システム・フェイト≫を用いての召喚だ。こんな予想外な出来事は初めてであった。


「‥アルテミシアの養子だったわね。その子」


 オルガマリーは通信機越しから彼女の姿を見つめる。カルデアのデータが正しいのであれば彼女は幼少の頃、現在のアルテミシアの当主が路頭に迷っていた彼女を養子として迎え入れた。それで―――



 言ってしまえば、彼女は魔術における才能の塊だった。生まれ持って魔術回路、並びに魔力の質は一介の魔術師のそれだったのである。

 瞬く間に魔術の知識を蓄えていく彼女を見た当主はあることを思いついた。それはミシェル ・アルテミシアが6回目の誕生日を迎えた、ある春のことだった。


 その数か月後、ヨーロッパでとある聖杯戦争が勃発した。いや、違う。勃発しかけた、という方が正しいだろうか。勝者は、確か。

 オルガマリーはピタリと思考を止めた。

 ―――勝者とは?近代のヨーロッパで聖杯戦争?そんな記録は“存在していなかった”。自分は一体何を考えていたのだろう。オルガマリーは一つ、咳払いをした。


「あ、ドクター!?通信が‥」


 立香の声と共にバッ、とホログラムを見つめる。どうやらそろそろ通信が限界のようだ。ホログラムの向こうのロマニは少し申し訳なさそうな笑顔を浮かべながら消えていった。


「‥所長、あの」

「探索を、再開しましょうか」


 立香はオルガマリーの態度に疑問を持った。先程から上の空、とでもいうような表情を浮かべている。


 ‥まあ、いきなりこんな状況に置かれたんだもんな。無理もないか。


 立香は強く自分の右手を握りしめながら、そう思うことにした。



「アルテミシア、ねぇ。よく分かんねぇけどアンタも苦労してんだな」



 遠目で彼らのやり取りを見つめていたアサシンはそっと自分の主の頬に触れた。


 記憶は所々燃えたかのように欠けている。だが、まあそのうち思い出せるだろう。それに、俺はなんだかこの感覚には慣れている気がする。


 まるで、“俺が俺じゃないような”、”他人のような感覚”に。
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