幼き花の誉れ 誉れの花の章
□序章 炎上汚染都市 冬木
7ページ/11ページ
モニタールームのドアが開くと、そこには見知った顔があった。その顔はミシェを捉えた瞬間、安堵したような表情を見せた。
「ミシェル ちゃん‥マイルームにもいなかったから心配したんだよ」
ロマニだ。どうやらあの後、あのルームにいなかったミシェを心配して探し回ったのだろう。
安堵した表情を見せたロマニとは正反対にミシェは少しだけ驚いたような反応を示した。ロマニ達はそれには気づかなかったようだが、彼女のサーヴァントであるアサシンはそれを見逃さなかった。
「‥大将?」
「何でもありません、私は大丈夫ですから」
全く説得力の欠片もない言葉だった。ミシェの声は先程までとは一変、震えたものへとなっていた。
心配。―――心配?
今まで自分を心配してくれる人間なんて誰もいなかった。だから、此処に居る人間も同じだと思っていた。皆、同じように私を人間としてではなく道具として扱うのだと思っていた。それなのに、どうして。私をそんな温かい目で見つめるのだろう。
ミシェの思考はぐちゃぐちゃと絡まった糸のように絡まっていた。考えれば考えるほど、ますます絡まっていく。これをどうすればいいのか幼い彼女にはまだわかりはしなかった。
「‥無理もないよ。あの状況下でサーヴァントを呼べたこと自体、奇跡みたいなものだったし君も疲れたんだよ」
ロマニが優しくミシェの肩に触れた。
違う、この少女はもうこの状況に怯えてなどいない。アサシンはこの短い時間の中で、ミシェの震えの正体を知っていたのだ。
「どうする?マイルームに行って休むかい?」
「‥いえ。もう少し、もう少しだけ此処に居ます」
アサシンはこの瞬間確信を得た。
あぁ、この主は俺を困らせるのが随分と得意のようだ。
―――黒い髪の青年は、誰にも気づかれることなく、静かにまた狂気的な笑みを浮かべた。
主の少女がこちらを向いた。表情は人懐っこい笑みへと変わる。それに少しだけ違和感を覚えた少女だったが、気にしないことにした。
「それで?どうしてここに来たんだい、大将」
「‥手掛かりを探しに、と言ったところでしょうか」
無事だといいのですが、と付け足した少女。
無事でいて欲しい‥というのはあの少年、藤丸 立香のことである。彼は結局あの後どうなってしまったのだろう。管制室でデータを見られれば彼が生存しているのかどうかわかるかもしれない。ほんの少しだけ賭けに出てみたが、いい方向に向きつつあるようだ。
「‥無事、ねぇ。それはあんたの大切な人かい?」
「大切かどうか、と言われれば少し返答に困ってしまいますね。あのお兄さんに会ったのは一度だけでしたから」
少しだけ困ったような笑みを浮かべながらそう言った。先程の震えは無かったかのような気がしてしまう。
そう、あの少年が義理の兄と重なって見えてしまうのだ。全くの別人だということは分かり切っている筈なのに、どうしても体がそれを拒否してしまうのだ。
「へぇ」
若草色の瞳が、少しだけ歪む。
「一体、どんな奴何だか気になるもんだねぇ」
「多分、うっかりさんだと思いますよ。彼、凄い慌てていましたから」
クスクスと可愛らしい子供の仕草をしながらミシェはそう口にした。
その瞬間である。
「―――へっくし!!」
誰かのくしゃみが聞こえた。この空間に入る筈のない、人間の声がした。
―――まさか。ミシェは勢いよくモニターの方角を向く。多少映りは悪いものの、この状況では文句など言えない。ミシェは先程と同じように彼の、少年の名を呼んだ。
「お兄さん、聞こえますか!」
「ん‥?あれ、この声‥もしかして‥朝の!」
モニターに映っているのは見覚えのある顔ぶれだった。やっと安否確認ができた。その安心感からか突然体が脱力感に襲われた。アサシンはすかさずミシェの小さな体を受け止めた。
「‥すいません。ちょっと立ち眩みしてしまって」
「無理は禁物だよぉ、大将。ってもう聞いちゃいないか」
緊張の糸が切れてしまったらしく、ミシェは気を失ったかのようにすやすやと眠ってしまった。子どもにはこの状況は余りにも過酷過ぎたのだ。
「‥ったく、仕方のねぇ主だなぁ」
アサシンはミシェの体を抱えてモニタールームを後にしようとする、がそれはロマニの声によって遮られた。
「ちょっと待ってくれ‥君はミシェル ちゃんが召喚したサーヴァントなんだろう?」
「あぁ、真名ってやつか。それについては悪い、話せねぇ」
少しだけばつの悪い顔を浮かべるアサシン。それに対して疑問が浮かぶ面々。
「‥どういうこと?」
今まで黙り切っていたモニター越しのオルガマリーが疑問をぶつけた。すると彼の顔は困った笑顔になった。
「いやあ、召喚されたのはいいんだけどよ。色々“欠けちまった”みてぇで」
その数秒後に、驚きの声が上がったのは言うまでもない。