幼き花の誉れ 誉れの花の章


□序章 炎上汚染都市 冬木
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 物心ついた時には、両親というものはいなかった。“私”を置いてどこか遥か彼方の、平和な国に行ったのか、戦場に行って命を落としたのか、あるいは病気で死んだのか、はたまた不慮の事故で亡くなったのか、その時の“私”には考える余裕も、考える気力もなかった。


 ‥生きなければ。泥水をすするように、どうにかして毎日を凌いでいた。今となっては生きることに対して無我夢中だったあの日々の記憶を思い出すことはできなかった。ただ純粋に思い出すことが出来ないだけなのか、または体が思い出すことを拒否しているのかは分からない、だが思い出さない方がいいのだろう。まるで何が入っているのか見えない鍋に二度と開けられないような重い蓋をするように、思い出すことを避けていた。


 気が付いた時には、人形のように綺麗な服を着せられて、とても綺麗で豪華な屋敷に住んでいた。まるで今までの生活が嘘だったかのように“私”は、それは余りにも大きすぎる“箱庭”で毎日を過ごしていた。その時の“私”には生活に慣れることで精一杯でどうしてこんな場所に連れてこられたのかまで頭が回らなかった。


 ‥生きなければ。隣で横たわる“何か”を見ながら私はそう強く決心した。その“何か”の正体が何なのかは、分からない。記憶は確かにあるのにその“何か”には黒い靄がかかっていた。


 屋敷での生活に慣れた。一人で眠ることもできるし、子どものような我儘も言わなくなった。それに着替えも、一人ぼっちの食事もできるようになった。出ることを禁じられた部屋で毎日をそこで過ごした。


‥生きたくない。“私”が17歳になるころには戦争に駆り出されるらしい。一体何の戦争かは言われなかったものの、痛いのは嫌だったし、誰かを傷つけることも嫌だった。戦争なんて始まらなければいいのに。‥‥相変わらず“何か”の正体は分からない。


“私”の年が両手全部を使って数えられるようになった頃だろうか、七つ年の離れた義理の兄が突然病気になってしまった。私はその義理の兄とは話したことはなかったが、とても優しかった人だった。


義理の兄の病気の検査が始まった頃、医者と義理の父親が会話しているのを聞いてしまった。いや、違う。“聞こえてしまった”のだ。話によると、義理の兄はマスター候補の一人だったらしく、近いうちにどこかの特務機関に行くらしかった。あぁ、なんて気の毒なことだろう。まるで他人事のように思っていた“私”だった。


‥がそれは束の間だった。


「ならばマスター適性のある子どもを連れてこよう」、


聞き覚えのある声が耳に入って来た。嫌だ。いやだ、いやだ。その先の言葉は聞きたくない。耳を塞ぎたいはずなのに、腕が、足が上手く動いてくれない。


「そうだな」、


辞めて、止めて、やめて、ヤメテ。なす術がない“私”は届くはずのない心の声を必死に聞き覚えのある声にぶつけた。歯がガチガチと震える。息が荒れる。


「あの娘――――――――はどうだ?」。


その瞬間、“私”の中で何かが壊れたような音がした。今考えてみればそれは私の未来だったのだろうか。


その後の記憶は、もうない。存在しない、というよりも思い出したくない、というのが正しいのだろう。それは一種の防衛本能として、今までもこれからも“私”を後悔の念で縛り続けるのだろう。
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