幼き花の誉れ 誉れの花の章
□1章 邪竜百年戦争 オルレアン
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黒い聖女が、ジャンヌ・ダルク―――否。ジャンヌ・オルタがラ・シャリテに再び足を踏み入れた。黒衣の男、仮面の女、白百合の騎士、聖女を連れて。
「‥‥サーヴァントの反応があったと思えば、召喚したのはそこの子どもですか。しかも虫の息―――」
ジャンヌ・オルタはミシェを一瞥したかと思いきや、“何か”に気づいた。気付いてはいけないことに、気づいてしまったのだ。たらり。雪のように白い肌に一筋の汗が流れた。
―――この子どもは、どうやって召喚を行った?ここには―――
サーヴァントを召喚する為に必要な聖杯も、霊脈もない。ただの変哲のない場所で。どうやって―――?
「‥‥‥いえ、そんなこと、どうだって構いません。ランサー、アサシン。その田舎娘共々始末なさい」
ランサー、アサシン。アストルフォはランサーと呼ばれた男の顔を見るや否や「あっ!」と何かを思い出したような声を上げた。そして間髪入れず男目がけて指を差した。
「黒のランサー!ランサーじゃないか!」
黒のランサー。聞き慣れない言葉が聞こえたと思えばジャンヌのため息が聞こえた。まるで知り合いか何かのように。ミシェ達は何が何だか分からないまま、話に置いてかれる一方だ。
それはジャンヌ・オルタ達も同様で「‥‥ランサー、あの者と知り合いなのですか」と聞けば、数秒経った後に「少しばかりであるが」と返事が返って来た。
‥‥‥何と言うか。アストルフォの一言で先程まで張り詰めていた空気はどこかへと行ってしまった。ミシェは「この流れに乗じて逃げられないでしょうか」という始末だ。
その瞬間、一つ、咳払いをする声が聞こえた。少女の声だ。
「で、何?アンタ達、わざわざコントしに来たの?」
面白いように今度は場の空気が凍り付いた。声の主はリクスで、彼女の手には二刀一対の日本刀。いつの間にか魔法少女として変身していたらしく、この空気の中、彼女だけは戦闘を楽しみにしていたようだ。
「つまんないから‥‥やめた方いい、よッ!!」
黒のランサーと呼ばれた男に目がけて一太刀。火花が走る。その音で場の空気が再び戦場独特の者へと変わる。「あはっ」、笑い声を漏らすリクスの表情はまさしく戦闘狂のそれであり、狂気を感じさせた。
ランサーは槍を振るいあげる。風を切るような音が響いた。リクスはそれを軽々と避け、間髪入れず連撃を繰り出す。
常人では演じることのできないであろうそれに、立香は息を呑む。「マシュ!」彼女の名を呼んだ。標的は仮面の女―――アサシンだ。
「援護します」
刹那。マシュとアサシンの間にアーサー王、アルトリアが割り込む。目には見えない宝具を使い、アサシンを圧倒する。だがしかし、彼女は不敵な笑みを浮かべた。刹那、女の背後から今まで彼女が背負っていた筈の拷問器具、アイアンメイデンが動き出す。ソレはマシュを飲み込まんと血生臭い鉄の扉が口でも開けるかのように勢いよく開いた。咄嗟の判断でマシュは盾を使って飲み込まれることは避けた、が。ここからが問題なのである。少しでも油断してしまえば自分はこのアイアンメイデンに取り込まれる。その後は―――言うまでもないだろう。
「貴方の血は、どんな味なのかしらね」
アサシンがじゅるり、と舌なめずりをする。その仮面の奥から見えた瞳は捕食者のソレであり、マシュはゴクリ、固唾を飲む。
「―――シールダー、下がってください!」、セイバーの声が戦場に響いた。彼女の華奢な手には、竜巻のような、突風のようなものが渦巻いている。
「風王鉄槌ッ!!」
突風がアサシンとアイアンメイデンを瞬く間に襲う。マシュに噛みつかんとしていた勢いで迫っていたアイアンメイデンは勢いよく瓦礫に埋まる。
「あ、ありがとうございます。セイバーさん」、マシュがそう言うと、アルトリアはふわり、と笑みを零し「いえ、例には及びませんよ。さぁ、構えてください」と彼女を鼓舞した。今のマシュにはあのアルトリアが見せた優し気な笑みの答えは分かる筈もなかった。
立香が彼女達目がけてアサシンが放ったであろう魔力の塊が飛んできた。「マシュ、セイバー!!」、今の彼には声を荒げて彼女達に危機を伝えることしかできなかった。
間もなく、それはマシュ目がけて直撃する―――はずだった。アルトリアが魔力の塊の軌道を逸らす。数秒後、背後で何かが爆発するような、砕けるような音が聞こえた。
―――アルトリアのスキル、直感。戦闘時、常に自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力、第六感や未来予知に近いそれが、マシュを救ったのだ。