四天宝寺
□テニスと君と
1ページ/5ページ
朝練が終わると、部活ジャージから制服に着替えて教室に向う。
着くなり、次は毎週月曜日恒例の朝礼のために、校庭へ向う。
はずだった。
「名無しさん」
『ん?…えっ!?』
蔵が私の手を握って教室を飛び出した。
驚く暇もないほど、急だったので私は蔵のあとについていくので精一杯だった。
『く、蔵っ!どこいくの!』
「サボりやないで、ちょーっと抜け出すだけや。」
くくっと楽しそうに笑う彼を見たら、手を振り払うことなんてできない。優しく握り返すと、蔵もぎゅっと返してくれた。
そんな彼が大好き。
いつも完璧だと言われる彼は、実は結構お茶目で、こうしてサボることもある。
だけど、テニスに対する情熱は本物で。
テニス部のマネージャーとして、今年で二年目となる私は、そんな姿を見てきた。
想いを伝えるだなんて考えたことはないけれど、最近は思わず伝えそうになる。
『それってサボりって言うんだよ』
「そんなら、名無しさんも同罪やで」
『もうっ!』
ほら。今も。
そんな風に嬉しそうに楽しそうに言われたら、注意もできなくて。
こういう時、自分は心底好きな人には甘いのだと再確認してしまう。
着いた場所は屋上。5月の今は最高に気持ちのいい場所だった。
風も心地よくて、深呼吸したくなってしまう。
『蔵は本当、教頭先生の話苦手だね。』
「おもろない話は、ただの薄っぺらい長い話なだけや。そんな無駄な時間過ごすくらいやったら気分転換した方が幾分マシやろ」
『そんなに嫌いなの!』
ハハハって笑い合うこの時間が好きだった。
ここでこうして蔵とサボるのは何回目だろうか。
毎週月曜日が嫌で嫌でしょうがなかったのに、この時間ができてからは、月曜日が楽しみで仕方がなかった。
恋の力って本当にすごいと思う。
しばらくすると、教頭先生の話が始まると、蔵の眉間にシワが寄った。丁度その時、屋上の扉が開いた。
先生かと思って一瞬身を構えたが、顔を出したのは謙也だった。
『あ、謙也。』
「なんや、名無しさんと白石も抜け出してきたんか」
『だって、蔵が…』
「眠くなんねん。教頭の話は。」
「朝練のあとは特にきついからな」
眠くなる。そう言いながらも教頭先生の話に耳を傾けているあたり、やっぱり抜け目がないなと思う。
本当は無駄だなんて思ってなくて、たまにここに集合するテニス部との時間が好きなんじゃないかなって思うんだ。私は。
「なあ、白石、名無しさん。部長とマネージャーとしてどう思う?
うちら、今年はええところまで行けるんちゃう?」
「ああ、せやな。金色も一氏も一年の時よりずっと強くなってる。忍足のスピードテニスもええ調子やしな。」
「ああ、浪速のスピードスターは絶好調やで!」
『本当にみんな著しい成長だと思う』
「名無しさんもそう思うん。嬉しいわ。
あとは、俺のスピードに加え、白石のいつもいう正確なショットを打てるようになれば恐いものなしや。一番大事なのは…」
『基本っ!』
「やからな!白石の聖書テニスは俺のいい手本や。」
「っ…!」
その瞬間、蔵が何かにハッとしたのを私は見逃さなかった。
最近やたらとため息が多かったし、どこか上の空だった気がした。
蔵の中で、部長としての何か蟠りがあるのには違いないはずなんだけど。
マネージャーの私には、選手じゃないから下手な意見も言えないし…ただ、彼を見守ることしかできなかった。
今のことも、本当は何かききたいんだけど…余計なお節介だよね。
「今年は全国ベスト4も夢やないで。な、名無しさん?」
『あ、うん!!!もちろん!!ね?蔵?』
「あ、あぁ、せやな…」
やっぱり変。まだ解決まではしてないみたい。
―キィ
再び、扉の音が聞こえると、そこにはユウジくんと小春ちゃんがいた。
「白石くんに、忍足くん、名無ちゃ〜〜ん!」
「やっぱりここや!」
「なんや、みんな来てもうたんか。」
いつものようにこのメンバーが集合した。
さっきとは変わって、蔵の表情が少し和らいで見えた。
やっぱりテニス部のみんなが大好きなんだな。
好きな人が幸せそうだと、私も嬉しくなる。
って、こんなに蔵のことばかり見てたらさすがに気持ち悪いかな…。はは。
するといつの間にか教頭先生の話は終わっており、校長先生のいつもの「マイクテスーマイクテスー」っという声が聞こえてきた。
マイクテストしなくても今の今まで使えてたでしょ!って毎度ツッコミたくなるけれど、やはりその姿だけでもおもいしろい。
みんな揃って校長先生の話に釘付けになった。
いつ聞いても全校生徒が爆笑してしまうそのギャグに今日もみんなが爆笑する。そんな私もみんなと一緒に笑っているのだけれど、ふと整列する生徒の中に一人だけ眉間に皺を寄せた生徒がいた。
私は東亰から大阪に来て、まだ一年と少ししか経っていないけれど、四天宝寺中の生徒が校長先生のギャグに笑わない生徒なんて初めて見た。
最初こそ、この明るい風潮の学校に驚いたけれど、笑っていいんだと確信してからはすんなりこの学校の色に染まってしまった私からしても、笑わない彼は目立って見えた。
そのことを教えようと隣の蔵の方へ顔を向けると、
「名無…っ!」
『っ!』
パッと至近距離で目が合って、思わずすぐに逸してしまった。
タイミングよくお互いに顔が近付いて吃驚した…。
『ど、どうしたの』
「名無しさんこそ!」
『あ、えっと…一年生に』
「笑わんやつ!…俺も今同じこと思っててん」
『え!あの子?』
「そうそう!」
しかも、彼と同じことを考えてた。
それだけで、なんだか嬉しかった。
私の心臓が少しだけうるさくなるのを感じた。
やっぱり、彼が好きだ。
そんなある月曜日の朝だった。
2016/12/10