四天宝寺
□私の後輩は
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二年生になってからというものの、毎日学校で過ごすのに私の心臓がもたなくなってしまった。
「名無しさん先輩。」
『ひゃっ!』
原因はこの子。財前光くん。
彼は一つ下の後輩で、テニス部のマネージャーでもある私にとっては、彼は部活の選手でもある。更には図書委員会でも一緒であるという奇跡……。なぜ?
彼は毎日毎日飽きずにどこかの時間に会いに来る。
いつも何かとびっくりさせられて、からかってくる。
私の心臓はもうそろそろ本当にもちそうにない。
ただ、びっくりさせられるだけならまだしも……
「一緒にご飯や言いましたよね?」
『えっ……あ、言ったっけ?』
「昨日食べる言うてくれたやないすか」
そうだ、適当に流そうと思ってうかつにはいはい返事しちゃったんだった……。
財前くんを流そうとした罰が当たったのかな…。
「約束守りはるんですよね?」
『っ!』
ぐんと、顔を近付けてきた財前くんから反射的に後ずさる。
『は、はい……』
「よし、ええ子ええ子。」
私はこれに弱いのだ。
私の意思を確かめようと急に迫る財前くんの顔。
思わず頷いてしまう私の頭を撫でる財前くんの手。
私が弱いってわかってて、そうしてるでしょ?
少しだけ楽しそうに見える財前くんは、私の手を引いてテラスへと歩いていく。
屋上には人がいっぱいいるけれど、テラスには誰もいないという謎。
というのも、屋上よりも景色が悪くて、影になっているからあまり環境がいいとも言えないのだから仕方ないっちゃそうなのかもしれない。
「名無しさん先輩はお弁当なん?」
『うん。』
「お母さん作ってくれはるんです?」
『ううん、お母さん起こすの申し訳ないから自分で作ってるよ』
「ほんまに。」
そう言って一時停止したかのように固まった財前くん。
私変なこと言ったかな?引かれちゃった?
『財前く、』
「明日、俺に作ってくれません?」
『え?』
「そういうことで、宜しく頼んます。」
『え!ちょっ…っふぐ!』
「このパン、名無しさん先輩好きやろ。明日のお礼。」
そういって、チョコチップパンを私の口に無理やりくわえさせた財前くん。
なんて彼は強引なんだ。ついていけない……!
そう思いながらも嫌いとは思えない私はどうかしてるとおもう。
いつからこんなに財前くんが私に会いに来るようになったんだろう。
思い返せば夏を過ぎた辺りからだった気がする。
私は財前くんになにかしたんだろうか。
これは彼の嫌がらせなんだろうか。
周りの友達には付き合っちゃいなよとかからかわれるし、かと思いきや財前くんのファンの子には睨みを効かせられるし、正直散々だ。
ただ、財前くんと一緒にいるこの時間だけは、私に元気を与えてくれているのは確かだった。
授業も部活も終わって家に帰るなり、私は早速明日のお弁当の準備をした。
「明日運動会かなにか?」
『ち、違うよ。なんとなく。』
無意識に豪勢に仕上げてしまったお弁当を見て、自分でも苦笑してしまった。
人に食べてもらうんだから、これくらいはしなきゃ…!
財前くんに美味しいって言ってもらえるといいな…。
って!私、素直に従っちゃってる……。うう。
何故だか彼には逆らえない自分に少しの嫌悪感と彼に喜んでもらえるかの期待感が混ざって、なんともいえない気持ちになる。
明日の朝が楽しみだ。
「名無しさん先輩。」
『わっ!』
「作ってきはりました?」
『う、ん、』
「ほな、行きましょ」
そう言って昨日と同じ場所にやって来るなり、隣同士に座り私はお弁当を渡した。
財前くんはお弁当箱を開けて写真を撮る。その行動がなんだか少し嬉しかった。
「いただきます。」
『どうぞ』
「……んま。」
本当に美味しそうに食べる財前くんをみて、つい顔が緩んでしまう。
『ふふ。』
「名無しさん先輩、ほんまにすごいッスわ。毎日食べたい、」
『そ、そんなに褒めてもこれ以上なんもあげられないよ〜』
想像以上に喜んでくれて、しかも”毎日食べたい”だなんて冗談でも嬉しかった。
「名無しさん先輩。こっち見て。」
『ん?』
「冗談の顔にみえます?」
その言葉とともに、彼の顔がまた迫ってきた。
『っ』
私はまた後ずさる……はずだった。
なぜだ。顔から離れられない。
ふと気付くと、財前くんの手が私の腰を抑えていた。
「名無しさん先輩、俺のこと好きやろ?」
『……えっ?』
一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。
私が、財前くんのことを、好き?
「やって、俺、名無しさん先輩に好かれるよう頑張りましたから。」
『っ???』
「付き合うてくれます?」
どんどん話がよくわからない方向に進んでいる。
頭がついていかないし、それ以上にこの距離で好きだの付き合うだの言葉が聞こえてきて私の心臓はもう破裂しそうなくらい脈打っていた。
それが、確かな答えだった、
そうか。私は財前くんが好きだったんだ。
だから、財前くんの強引な行動も、わざと急に迫ってくるのも、私の頭を撫でる手も、嫌じゃなかったんだ。
やっと気付いた気持ちに、嘘を付けなかった。つく必要もないのだけど……。
『はい!』
知らぬ間に溢れた涙を財前くんは優しい眼差しで拭ってくれた。
そして、いつものように
「よし、ええ子ええ子。」
そう言って、私の頭を撫でる。
急に込み上げた幸せな気持ちに嬉し涙がとまらなかった。
「そんな顔してはると、キスしますよ」
『なっ……!』
そう言って返事する間もなく、彼は私の唇に優しいキスを落とした。
2016/11/24