四天宝寺
□壁ドンって
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『ねえ、ねえ、お願いお願い〜』
もうこのやり取り何分やってるんやろ。
『まだ5分も経ってない!』
「あ、声漏れてもうた」
『光〜っお願い!』
「はあ……」
そう言い続けるこの人は、テニス部のマネージャーであり、俺の先輩であり、俺の彼女。
遡ること五分前。
放課後の部活が終わったかと思えば、すぐ様俺のところに来るなり、無茶ぶりをお願いされる。
『光!!壁ドンしてっ!!』
「は?」
頭おかしなったんちゃう。
まあ、この人が阿呆なんは今に始まったことやないけど、ついに阿呆を通り越して変人になったんちゃうかって思った。
いや、変人ももとからやな……。
この人のそんなところも、おもろくてどこか放っておけなくて、愛しく思ってしまう俺はきっと誰よりもこの人を好きなんやと思う。
しかも、わかっててやってるんやろうか。
お願いする時の上目遣いがたまらなく可愛ええ。
ほんまに俺どないしたらええん。
頭打ったらええですか。
「名無しさん先輩、そんなん、俺のキャラちゃいます」
『だってだって、世間ではあんなに話題になってるんだよ!
私だって女の子だし、味わってみたいのー』
「そんなん味わんでええやろ」
『むーっ』
そうやって仏頂面する先輩をよしよしと頭を撫でていつものように宥める。
阿呆なこの人やから、大抵のことはこれでおさまる。
……はずやった。
『もういいっ!!』
「?」
『蔵に頼んでくるんだから!!!』
「…………は!?」
出てきた言葉を瞬時に理解出来ず、反応が鈍る。言葉が俺の頭の中を一周した時には先輩は既にフェンスのそばにおる白石部長のところにおった。
『く〜ら〜!』
「名無しさん、どないしたん?」
『あのね〜お願いがあって〜』
わざとらしく、俺の方を見ながらゆっくり話す先輩は、どこからどうみても小悪魔……いや、悪女の顔やった。
なぜか立ち尽くす俺やけど、白石部長も察しているのか、「大丈夫なん?」とでも言いたげな顔をこちらに向けた。
「はあ…」
ため息しか出えへんわ。
思い立ったらそれが叶うまで努力を惜しまない、いわゆる有言実行がトレードマークなあの人やけど、こういうときにそれが発揮されるとなると、長所ともいえなくなるやろ。
『壁ドンして欲しいの』
「え!?壁ドンって、壁ドン?」
『そう、壁ドン!』
「ええけど、財前にやってもらわな」
『いいもーん、光なんか知らない』
ほんまに何言うてるんやろ、あの人。
さすがにそれは酷ない?壁ドンっちゅうて、彼女がほかの男と近距離になるんを許す彼氏おる??しかも、目の前で。ありえへんやろ。
考えるよりも先に身体が動いとった。
白石部長と名無しさん先輩の間に割って入るなり、先輩をフェンスと俺で挟んで逃げ場をなくしてやった。
白石部長が後ろにおるんのも関係あらへん。むしろ、見てればええっすわ。
「こうしてほしかったんやろ」
『〜っ!』
先輩の顔は真っ赤で、すぐに目を逸らす。
俺から逃げられる訳ないやろ。
右手は先輩の頭の上の辺りのフェンスについて、左手は顎を優しくもって、こちらに向けさせる。
名無しさん先輩の唇まであと1センチ。
『ばか。』
「どっちが。」
優しいキスを落とすと、先輩の上目遣いも愛おしくて、瞼にもキスをした。
ほんまに、困った先輩や。
さっきの仏頂面はどこにもなくて、顔を火照らせる先輩は可愛くてしゃーなかった。
後ろから「はあ…とんだもん見せてくれたな財前」とかなんとか聞こえたけど、俺にはどーでもええことっすわ。
先輩の照れ顔を独り占めしたくて、もう一回キスを落とした。
手のかかるこの人やけど、なんやかんや逆らえない俺も大概やな。
『光、だいすき』
「知ってる。」
2016/12/8