四天宝寺
□そばに
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世間は七夕で盛り上がっているというのに。
私は放課後に部活も行けないで、これから先生とお話しなきゃいけないだなんて…。
『あれ?謙也も?蔵も?』
教室で待っていると、謙也と蔵が入ってきた。
今日は、高校受験を控えた私たち三年生特有の個人面談で、今は控え室となっている教室で待ってるってわけ。
まさか、蔵も謙也も同じ日だったとは。
また、2人のファンの子達にどやされてしまう。
私は普通にマネージャーとして、仲良くしてるだけなのに。
2人の目のつかないところで、いつも「調子のんな」「あんたみたいなビッチが」「謙也くんと蔵ノ介くんから離れて」と責められては嫌がらせされて。
もううんざりだ……。受験が近くなるにつれ、そのストレスを私に当たっているのだろう。
受験まであと半年以上もあるけれど、正直行きたい高校も絞りきれていなかった。
受験に関しては先生も心配してるみたいで、親のように度々聞いてくるんだけど、そのありがた迷惑が私に更にストレスを与えてるなんて知りもしないだろうに。
「名無しさんは結局決まったん?」
謙也が心配そうに質問を投げた。
先生から心配されてるところを何度も見てる謙也と蔵もそれは、当たり前に知ってて。
気まずそうに聞いてくるのにも少し腹が立つ。
謙也も蔵も行きたい高校は決まってるというのだから、羨ましい。
『まーだ』
「俺らと同じ高校でええんやないの」
『だって、入りたい部活ないんだもん』
「また俺らのマネージャーやってくれないん?」
謙也にそう言われてしまえば、私は何も言えなくて。
やりたいことがあって、それに関係した授業が受けたい。
それを重視すると謙也たちと同じ高校になるのだけど、
なんせまた同じような目に合うとなると耐えられるのかどうか自信が無い。
「逆に四天宝寺高校以外にええとこあるん?」
蔵がなかなか鋭い質問をしてきて、言い返せない自分に驚いた。
ほんとはみんなと同じ高校に行きたいよ…。
『他の高校も魅力を感じない』
「なんやねん、」
「まあ、あとは先生と話ししや」
『うん……。』
時間になり、先生と面接するも、謙也と蔵と話した時と同じようにしか答えることが出来なかった。
嘘に嘘を重ねて。
どうしたらいいのかわからない。
だれか助けて欲しい。
今日は部活もないため、謙也とお話して、蔵が終わるのを待ってた。
3人で帰りたいと思ったし、何より部室以外で謙也と話せるのが久しぶりだったから。
でもこの私のわがままは、間違ってたんだよね。
「あっれー?名無しさんちゃん?ここにおったん〜この前借りたもの返したいんやけど、今ええ?」
こわい。またどやされる。
いわゆるいじめ。またこの主犯格に謙也といるところを見られてしまった。
『ちょっと行ってくるね…』
「お、おん…」
面談の後だからメンタルはかなり弱ってるっていうのに、声かけられたもんだから、正直に顔に出てしまってたのかもしれない。
ふと、謙也の心配そうな顔を見た。
大丈夫だから、その言葉の代わりに笑いかけると、謙也は「待ってるで」って言ってくれた。
その些細な言葉がとても嬉しかった。
呼ばれるなり、少し離れた階段の踊り場まで誘導されて、今日は何されるんだろうか。
怪我を負わせないで精神的にいじめてくるあたり、悪質だと思う。怪我くらいすれば、証拠になるだろうか。でも、そんなのチクったら、更にひどくなるのかな…。なぜか未だにそんなことを考えてる自分に少し驚いた。
「なあ、ほんまに頭悪いんちゃう?」
「謙也くんと二人っきりとかありえへんわ」
「何で言付け守れへんの?自分。」
「そんなうちらにいじめられたいん〜?アッハッハ」
そう言って壁まで私を追い詰めるなり、髪を掴んだり、スカートをパラパラめくったり、私は黙ってそれに耐えるだけだった。
言いたいことあるなら言わせとけばいい。私はこの人たちのストレス解消法にしか過ぎないんだきっと。
「黙ってへんで、何かいいやっ!」
「ムカつくねん、ほんまに腹立つ!」
「そんな顔して、いつもテニス部の男たちたぶらかしてんのやろ」
『そんなことしてな…』
「その弱々しい顔がムカつく言うてんねん」
『っ』
主犯格の子が私の胸ぐらを掴んだ。びっくりして、息もできなかった。きっとこの子は、謙也が好き。それは最初のころからわかってた。
もともとマネージャーなんて存在のなかったテニス部に、偶然オサムちゃんに気に入られたってだけで私はなってしまったんだから。そりゃムカつくかもしれない。
私ももし謙也がほかの女の子と仲良くしてるの見たら、きっと悲しくなる…。
あれ…。わたし、謙也のこと好きだ。
何でこんな時に気付いてしまったんだろう。
急に溢れ出た想いと一緒に、謙也との楽しかった時間を思い出す。
いつの間にか私の頬を伝う涙は、床にぽろぽろと流れていった。
「泣いてうちらが許す思うてんのやろ」
「ムカつくな!とことん怒らせてどないしたいん」
「一発殴らな気がすまん。ほんまに今日の名無しさんちゃん腹立つわ!」
主犯格の子が手を上げた。私、このまま殴られるんだ。強く目を瞑ったし、強く口を噛み締めた。
―パシン。
音が廊下に鳴り響いた。それと同時に空気が変わったのを感じた。
それなのに、私の頬に痛みはなくて、なんで?
強く瞑った目をゆっくりと開けた。目の前には誰かの背中があって、嗅いだことのある匂いがそこにあった。
「け、謙也くん…!?」
「お前ら、何してん」
「えっと…借りたものを」
「借りってなん?ビンタなん?」
「え、えっと……」
「女の子やからって、許されることやないで。」
「ち、ちがうの!」
「違わへん。全部聞いてたで。な?白石」
「せやなあ…。うちのマネージャーいじってええのは部員だけやで…?」
『謙也…蔵…』
目の前には謙也がいて、階段上には蔵がいて、状況を飲み込むには少し時間がかかったけれど、ヘタレの謙也の左頬が少し赤くなって手痕があったのには驚きだった。
私を囲っていた女の子たちは渋々この場を立ち去って行ったけど、何人かは泣いてた。
きっと、こんなところを好きな人に見られて悲しかったんだろうな…。
どこか客観視出来てしまう辺り、私は相当追い込まれてしまっていたのかもしれない。
「名無しさん、大丈夫なん」
『謙也こそ…ほっぺ…』
そっと彼の頬に手を添えると、少し痛むのか一瞬だけ顔を歪ませた。少し爪痕もついてる…。痛そう。
「俺のせいで、いじめられてたん…?」
『違う…謙也のせいじゃ、ない…』
「阿呆。俺のせいや…!」
『っ』
ふわりと、暖かい体温と心地いい柔軟剤の香りが私を包んだ。
何で、彼は私を抱きしめてくれているんだろう。
初めての出来事に戸惑いと緊張と嬉しさが混ざって不思議な気持ちになる。
好きな人が自分を庇って怪我をして、今その人に抱きしめられている。
「最近、俺らで名無しさんが元気ない思て、観察させてもろてたんやけど。まあ、最初に気付いたんは謙也なんやで。」
「し、白石、何言うんっ」
「ほんまのことやろ。ほんで、いじめやってわかってから、現行犯で絞めたるっちゅう話になったんや。今頃財前はあの子達が名無しさんにもう近づかへんよう何やしてくれてるはずや。」
「名無しさん…今までほんまに頑張ったな…。」
急すぎる展開に、これは夢なんじゃないかなって疑い始める。自分のほっぺをつねってみるも、
『いひゃい…』
夢じゃないんだ。謙也、蔵、光くんが私を助けてくれたんだ…。
そう思うと、涙がとまらなくて、今までの苦しかった分なのか崩れ落ちてしまった。
「名無しさんっ」
謙也が私を支えてくれるけど、その手がまた優しくて涙がどんどん溢れた。
苦しかった。辛かった。進路も決められなくて、部室だけが私の安全な場所だった。
これからは教室でも謙也と話せるの?いいの?
「ええんやで。俺と一緒におって。」
まさか全部漏れてたとは思わなくて、想像もしなかった言葉に思考がとまった。
「名無しさん、好きや。」
好きな人と目が合うだけでも嬉しいのに、思いがけない言葉に黙って頷いた。
謙也は、また私を抱きしめて強く優しく抱きしめて、私はまた柔軟剤の香りに包まれた。
大好き。
ただそれだけなのに。私はこの思いをいつの間にかどこかに閉まってしまってたんだ。
先週、近所のスーパーで短冊に書いた願いが今日から叶いそうです。
”あの人のそばにずっといたい。”
2016/11/29