四天宝寺

□なにもいわないで。
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『どう、してっ、どうしてわかってくれないんだろ……』



泣きじゃくる彼女の隣で、背中をさする。
俺は名無しさんを抱きしめらへん。


『光の気持ちもわか、るけど…でも、私の気持ちも聞いてくれたって…いいじゃん…』



やって、名無しさんは、財前の彼女やから。


どうやら、喧嘩してしまったらしい。
こうやって彼女を励ますのは何度目やろうか。

俺はその度に、財前も言い過ぎやんな。あいつ口悪いけど、名無しさんのこと一番に考えてるんはほんまやで。って、励ます。

それはほんまにほんまやから。

『蔵…いつも聞いてもらってごめんね。』


「ええよ。名無しさんがすっきりするまで話聞いたる。」


『ありがとうっ……。』



なあ。その涙ぐんだ顔で笑ろうてるのは、わざとなん?
俺がその顔に弱いってわかってて、やってるん?

そんなわけないか……。
名無しさんは、俺の気持ちに気付いているんやろうか。


彼女が財前と付き合った時には驚いた。
最初は財前に惹かれていく名無しさんを見守るだけやったけど、いざそうなってみたら、自分の気持ちがはっきりするなんて。

遅すぎるっちゅう話や。
我ながら情けない。

それでも、財前と楽しそうに話す名無しさんと、財前も名無しさんと一緒におって穏やかな表情やったり、ふたりをみてたら俺の入る隙なんてどこにもないんやって思うしかなかった。

あの時自分の気持ちに気付いていれば。
何度そう思ったんやろうか。
でも、今更どうしようもない。

タイムマシンがあるならば、過去に戻って自分の気持ちに気付かせたい。


まあ、そんなん無理なんやけど。


それでまわってきた役回りがこれやっちゅう現実。
名無しさんが俺に頼ってくれるんは嬉しいんやけど…
いざ、財前の愚痴を聞いてみると、俺やったらそんな想いさせへんのに。って思ってしまう。


『光のばかーっ!!』


彼女は、屋上のフェンスからテニスコートに向かってそう叫んだ。


「名無しさん…!?聞こえてまうで」


『いいよ!聞こえればいい!!』



なんて、ぷんって効果音がつきそうなくらい仏頂面な名無しさんやけど、彼女をこんなふうにさせてしまうのも財前の特権なんや。
羨ましいと思うばかりで、その表情を全て俺のためにやってほしいと思ってしまう。



「なあ、名無しさん…。」


『ん?』


俺は名無しさんを振り向かせて抱きしめた。



「あんな、俺…─」



名無しさんのこと、ずっと好きやってん。


言えない。
言いたい。
言えなかった。


彼女は俺の腕の中からのぞき込むように俺をみた。

彼女のなんともいえない切なげな顔を見てしまった。

俺が言おうとしたことがなんだったのか、わかったんやろう。



『蔵…何も言わないで。』



胸が締め付けられた。

きっと告白してしまったら、何もかもが変わってしまう。
俺と名無しさんの関係も、俺と財前の関係も。

それを壊したくなかった。
だから、言えなかった。

名無しさんは、それもわかってたん?


ずるいで…。
腕の中から開放すると、


『光に謝ってこなきゃ!行ってくるね!』


「おん。頑張りや。」


それだけ行って、財前のもとへと走っていった。

俺はただただその背中を見守るだけやった。

また喧嘩したら俺に頼ったらええ。
彼女にとって、そのまま最後にたどり着く場所が俺やったらええのに。


それだけ願って。

俺も屋上を後にした。





2016/11/24

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