short 2


□デリカシーないんですか
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仕事に文句をつけるほど子供ではないが、どうしてこうもこの人と一緒の現場になるのか。


広くはないエレベーターで、会話する気はありません、そうアピールを込めて対角の位置に立った名前は今日も早く終わりますようにと願った。


そんな雰囲気に気付かないのか、わざとなのか……「ご一緒出来て嬉しいです、名字立会人。」なんて物騒な笑顔で話し掛ける門倉に、嫌そうな顔を隠しもせず冷たい返事をする。


「賭朗勝負なんて珍しいのにこんなに一緒になるなんて、まさか門倉立会人の差し金ですか?」

「そんな!大体私はフリーの立会人ですし、わざわざそんなこと致しませんよ。」


胡散臭いの一言に尽きる大袈裟な仕草を見せた門倉を、冷たい視線で眺めた名前は諦めたように会場へ足を踏み入れた。


名前の願い通り早々に片付いた勝負にほっとするのもそこそこに、負けた自身の会員への取り立てに思った以上に手こずった。門倉の助けを借りてしまった事も彼女の自尊心を傷付けたが、何より部下に怪我を負わせた事が車内の空気を更に重くしていた。


「門倉立会人、申し訳ありません。私の不手際で怪我人を出してしまった上に、お車に乗せて頂いて……」

「お気になさらず。先程の事は仕方がなかったのでは?名字立会人も怪我をした者と先にお帰りになってもよかったのですが。」

「いいえ、そこまでお世話はかけられません。」

「私達の仲ではないですか。」


やはりこの男、先日の事を持ち出してきたかと内心でため息を溢しつつ、ポーカーフェイスを装い答えた。


「私達に仲も何もないでしょう。」

「あんなに愛し合ったのに?……失敬!そんなに睨まないで下さいよ。」

「あれは、一夜の過ちです。それ以上でも以下でもありません。」

「そんな淋しいことを仰らないで。」

「たまたま門倉立会人がいただけですし。」

「……名字立会人ってそんなに軽い女性でしたっけ?」

「……とにかく!一晩だけの話をこれ以上引き摺るのはやめてください。」


少し前……仕事が深夜まで及び、イライラが募っていた名前は、門倉のこの後少し飲みませんか?そんな誘いに乗ってしまった。アルコールに侵された微かな高揚、日頃のストレス、囁かれた甘い言葉、色々な要素が絡み合った結果だった。


どちらが誘ったかは覚えていない。ホテルに入ってすぐ口付けなんて情熱的な事もしていない。けれど、門倉へ抱いていた印象よりもずっと丁寧に愛撫され、溶かされるように、身体を重ねたことは確かだ。


そこまで思い返したところで名前は思考を止めた。


「……あの日の事は、お互いに無かったことにしましょう。同僚ですし、門倉立会人も働きにくくなるでしょう。気を遣って頂かなくても大丈夫です。」

「……ッチ!」

「は?今、舌打ちしました?」

「あの日から顔合わせる度にあからさまに嫌そうな顔しよって。浮かれてたワシの気持ち考えろや。」

「えと、あの……門倉立会人?」

「それをおどれは"無かったことに"やあ?ワシの純情返せや。」

「純情?」

「現場一緒なっても嫌そうにしよって。流石に傷付くわ。何や、ワシのセックスがあかんかったん?」

「そういうのじゃなくて、やっぱり職場の人っていうのが……」

「ハッ!はっきり言わんかい。下手くそって。」


最早何に腹を立てているのかわからない。随分砕けた口調になり、煙草に火を着ける門倉を横目に戸惑う彼女に詰め寄り脅すように一言。


「とりあえずもう一回試してから決めてや。」


そうじゃないとは言えない雰囲気に戸惑う名前と、逃がさないという門倉の笑い声が車内に響いた。



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