short 2
□あと一歩
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何度目かになるお茶のお代わりをモブに頼んで、その間も事務所内を歩き回る。落ち着きがないのはわかっている。モブとエクボの呆れた表情も、この時間の定番になった。
そわそわと窓の外を見ていると、いつもの姿を見つけ慌ててデスクへ向かい、パソコン作業をしている振りをした。
その数十秒後、控えめに開けられたドアと小さなヒールの音が聞こえて、デスクトップへ視線を向けたまま全神経を入り口に集中させる。
「名前さん、こんにちは。」
「シゲオ君こんにちは。今日もバイトご苦労様。これ、差し入れね。霊幻君の分もあるから。」
「ありがとうございます!」
モブの挨拶と待ちわびた名前の声が耳に入り、表情が緩まないよう引き締めいつも通りを装い彼女を視界におさめた。
「おー、名前いつも悪いな。」
「どういたしまして。」
幼い頃からの付き合いの名前。気付けば好きだった。会社を辞めるときだって、こいつにだけは相談した。「霊幻君なら大丈夫だよ。」そう言って笑った顔を今でも鮮明に覚えている。この事務所を立ち上げたとき、うまく稼いで胸張って告白できるまで頑張ると誓った。そして今、軌道に乗ってきた商売を喜ぶ暇もなく、告白するタイミングを逃し続けている。
今日こそはと意気込んでは、当たり障りなく会話をして、たまに一緒にラーメン食って帰る。ただそれだけ。そんな日々を過ごしていた。だが!今日こそは違う。何かと察しているエクボにも「今日こそは決める。」と宣言したことだし、ここで決めなければ男じゃない。モブにも何かが伝わったらしい、少し緊張の面持ちで此方を見守っている。
モブが淹れたお茶を手に、ぼうっとテーブルを眺める名前の横顔に見惚れていると、小さなため息がその口からこぼれた。
「どうしたぁ。疲れてんじゃないのか名前……マッサージしてやろうか。」
「ただのマッサージ?もし悪霊憑いてたから祓ってよ。」
不自然にならないよう二人きりになる理由をこじつけて、施術ベッドのある部屋に誘う。悪霊が憑いてるかもだとか言っている名前にそんなわけないと一喝入れて、寧ろ憑いてるのは俺にだと自嘲した。
「こっち来て寝転べよ。」
「……変なことしないでね。」
「バッカ!お前!俺がそんな事するように見えるか!」
「見えなくもない、霊幻君女の人の影ないし……モテないんでしょ〜。」
「モテモテだ!モテすぎて困ってるくらいだ!」
冗談のつもりで言ったであろう名前の言葉に、下心のある身としては痛いものがあり、必死に否定してしまったが、本題はここからだ。施術台に寝転ぶ様子を見ながらどう切り出すかシミュレーションを繰り返していると、窺うように話し掛けられる。
「……モテるのに、彼女作んないの。」
「あ?……いいだろ、別に。」
「好きな子いるの?」
「…………。」
心臓が締め付けられる。お前だよ!そう言えたらどんなに楽か。いつの間にか霊幻君に変わった呼び方も、こんな風に聞いてくる事も、全部、全部……脈なしってことなんだろうな。半ば諦めて、それならばと開きかけた口から声を発するより先に名前の声が聞こえた。
「もしかして……私?なんてね!」
ここしかない。カッコ悪いくらい熱くなった体と伝う汗が不快だ。結局口から出たのは、はっきりした愛の告白なんかではなく、得意の逃げ道を用意した台詞だった。
「…………そうだって、言ったらどうするんだ?」
「え?」
どこまでもカッコ悪い。まともに名前の方を見られないで視線を逸らす。触れている部分から俺の体温ではない熱さが伝わってきた。
あと一押しはもう少しだけ先になりそうだ。
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